動物児童文学作家のキム・ファンです!!
09/3/13 さようならジャイアント
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 韓国滞在中の13日夜、シリーズ絵本の画家さんたちと打ち合わせをしていたら、漫画家のチェ・ヒョンジョンさん(ペンギン本の絵を担当する)から電話がかかってきた。
 声の調子からして、よくない報せだとわかった。案の定、ソウル大公園のアジアゾウ・ジャイアントが死んだという内容だった。(亡くなったのは8日)
 ぼくが出した『サクラ』を読んで以来、彼女は、度々ソウル大公園を訪れては、サクラの近況などを伝えてくれていた。サクラのお婿さん候補だったジャイアントのことも、詳しく報告してくれていた。

 ジャイアントは、1955年5月24日、3歳のときにタイからやってきた。
 今年で57歳(韓国のマスコミが58歳と報じたているのは歳の数え方が違うから)。
 それはそれは韓国にとって、とてつもなく「ジャイアント」な存在だった。
 
 1950年6月25日からはじまった朝鮮戦争は、同じ民族が国土を焼き尽くして戦った悲惨な戦争だった。
 53年に休戦を迎えるも、いまだに戦争は終結していない。
 日本の統治から解放された45年からわずか5年で戦争となり、心も体もくたくたになった国民に平和と安らぎを与えるため、「昌慶苑動物園」(ソウル大公園の前身)の再建が急がれた。
 1954年4月、動物園は再開されたが、戦争による被害はひどく動物の数は極めて少なかった。ほ乳類はわずかに10種。
 
 『韓国動物園80年史』によると、サル、アナグマ、クマ、キツネ、タヌキ、ヤマネコ、水牛(アジア産)、ウシ(韓牛)、ヤギ、コウライカモシカ。
 ゾウも、キリンも、カバも、オオカミも、ゴリラも、動物園なら必ずいる人気者たちはいなかった。
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 何としても、子どもたちの笑顔を取り戻さなくては! 
 動物園再開の翌年、国民の熱い想いを受けてやってきたのが、ほかならぬジャイアントだったのである。
 それ以来、彼は、半世紀を越す長きに渡って国民から愛され続けた。
 ジャイアントは、今年100年を迎える韓国の動物園史に、なくてはならない存在であり、最大の功労者であると思う。

 ジャイアントとぼくの出会いは、2005年1月。サクラを取材する過程で知り合った。当時、ソウル大公園では、宝塚でひとりだったサクラと、タイから一緒にやってきた愛妻を亡くしたジャイアントの「お見合い」が進行中だった。
 ジャイアントをほかのゾウから離し、人(ゾウ)恋しくさせておいて、サクラとカップルにさせようとしているところだった。
 しかし、このときすでにサクラはアフリカゾウのリカに夢中で、アジアゾウとアフリカゾウの恋は、「結ばれない愛」として韓国中の話題になっていた。  写真→サクラ(左)とリカ(右)

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 その後、サクラはリカと離されて、ジャイアントの隣で暮らすようになった。
 ジャイアントはサクラに一生懸命にプロポーズした。
 オレと一緒にならないかと…
 なのに、リカが忘れられないサクラは、それを断ってしまったのだ。

 ぼくはサクラの友人として、ジャイアントに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 サクラに代わって、お詫びしたい。ごめんね。
 そして安らかにおやすみ。
 ぼくたちは、いつまでもいつまでも、君を忘れない。
 さようなら、ジャイアント
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by kimfang | 2009-03-26 15:11 | トピックス