「ほっ」と。キャンペーン
動物児童文学作家のキム・ファンです!!
09/12/3 37年ぶりの再会へ
f0004331_23122333.jpg 月刊『좋은생각 いい考え』10月号にエッセーを書いた。「別れ」がテーマだったので、音信不通の旧友のことを書いたところ、37年ぶりに連絡があった。こんなこともあるんだなぁ~

 親友、キム・ファンへ

 キム・ファン、今、君はいったいどこにいるのか? ぼくが君と同じ名前で作家になって、ちょうど10年が過ぎた。その間、もしも何か「大きな事」を成し遂げたならば、すぐに君に手紙を書こうと思っていたんだ。なのにベストセラーどころか、有名な文学賞ひとつもらえないまま10年が過ぎてしまった。おまけに、まだ、クリーニング店を経営しながら書かなければいけない身分だ。けれども今回、「大きな事」をふたつ成し遂げたなら、君に手紙を書こうと決心していたんだ。

 君は、ぼくが童話作家をしているなんて、考えもつかないはずさ。
 そりゃあ、そうだろう! ぼくたちの記憶は37年前、中学1年生だった1972年7月で途切れてしまったもの。君が韓国に帰る時、ひどいケンカをしたのを覚えているかい? 京都のぼくの家の前で、韓国学校に通っていた君と朝鮮学校に通っていたぼくは『南が正しい』、『北が正しい』とお互いの理念を主張してケンカした。君が別れの挨拶にきたのも知らずに…。

 ぼくが君の名前で活動するのは、ずうっと君に感謝していたからさ。君は朝鮮人ということを隠して「あおやまよしかず」として生きていたぼくの生き方を変えてしまった。小学校5年の時、君が韓国から転校してきた日のことをぼくは今も鮮明に記憶している。

 君は堂々と「キム ファン」という名前を黒板に書いて、自己紹介した。朝鮮人と正直に告白したならば、ひどい差別といじめを受けた時代だったから、君の行動は奇跡のようだった。背が高くて、頭が良くて、運動神経バツグンの君に、ぼくがどれほどあこがれたことか知らないだろう。ぼくが今も左手で食事をするのは、サウスポーだった君のようになりたくて一生懸命に訓練した名残なんだよ。

 6年生の時、『朝鮮人は、朝鮮に帰れ!』とからかわれていじめられていたぼくを君が助けてくれた時、初めて『ぼくも朝鮮人なんだ』と告白したよな。ぼくたちは、すぐに仲良くなったよね。
 これ、わかってくれるかい? 君と日本語でなく、祖国の言葉で話したくて、中学からは日本の学校じゃなくて、朝鮮学校に行くことを決心したっていうことを。

 キム・ファン! 今回、ぼくは「大きな事」をしたよ。今も日本にいるけれど、二冊の本を韓国で出したんだ。それまで韓国で出した本は翻訳者の力を借りたけど、今回はだれの力も借りずに韓国語で書きあげたのさ。ただし、書きあげるのに3年もかかってしまったけどね。
 懐かしいキム・ファン、君がどこにいようとも、もうひとりのキム・ファンに小さな拍手を送ってくれるよな。

        △       △       △       △       △       △ 
 f0004331_2365520.jpg
 雑誌『좋은생각 いい考え』 は、韓国で最も読まれている雑誌のひとつ。表紙画を描いている友人のイ・テスさんが、絵を取りに来た記者さんにぼくの『コウノトリ』を推薦した。

 ぼくは今のように韓国でたくさん仕事をすることになるなんて考えてもいなかった。だから、韓国で初めて出した『황새 コウノトリ』には最初で最後だと思って、ペンネームの由来など、これまでの半生をかなり書いた。 

 
 『コウノトリ』読んだ記者さんがとても感動し、今回のエッセーを書くことになったのだ。

 今月、一緒に『コウノトリ』を創った仲間が見守る中、37年ぶりの再会を果たす予定だ。

 また、報告します。
 
[PR]

by kimfang | 2009-12-03 22:57 | トピックス