動物児童文学作家のキム・ファンです!!
11/5/28 仕事(通訳)のあとも仕事(取材)だぜ 
 28日、午前11時40分ごろの電車に博士を乗せた。
 これですべての仕事は終了! 
 もう帰ってもいいのだが、前日の国際WSの報告も兼ねたシンポジウムが開かれている。
f0004331_13234328.jpg
 せっかく、豊岡にいるのに、
 全国から取材対象が集結していのに、
 さらには懐かしい「ハチゴロウ」とも再会したい。
 迷わず、シンポジウム会場に向かった。

 ハチゴロウは、宮崎県、鳥取県、石川県、京都府などを転てんとしたあと、2002年に8月5日に豊岡へやってきた。8月5日にきたので、8(ハチ)と5(ゴ)にひっかけて「ハチゴロウ」と呼ばれるようになった。

「武生」もそうだが、渡りをしているコウノトリがこのように日本にやってくることがしばしばある。
 しかしハチゴロウは、豊岡にきたあとは、もうよそへはいかず郷公園周辺にずうっとすみついたのだ。
f0004331_13244045.jpg
 ハチゴロウの飛来は、コウノトリの野生復帰を目指す豊岡の人たちの長年の苦労が実った結果といっても過言ではない。だって、野生のコウノトリが日本各地を旅してあれこれすみかを探したあげく、最終的に豊岡を選んでくれたのだから。 
 ぼくもハチゴロウに会いたくて、豊岡を何度か訪れていた。

 ハチゴロウは野生の先生だった。
 彼がきてくれたから、コウノトリの放鳥はうまくいった。大功労鳥(者)だ。

 ところが、2007年の2月。
 突然、ハチゴロウは死んだ。死因については諸説あったが、前日の国際WSのなかで、郷公園から放鳥コウノトリとのケンカが原因と思われると発表があった。
f0004331_13254180.jpg
 
 放鳥コウノトリが、みんなが愛した野生の先生を殺した…

 とても、ショッキングなことだが、コウノトリが強いなわばり意識のある鳥だということを、最後に私たちに教えてくれといえよう。
 みんなに愛されたハチゴロウの記憶を留めようと、彼が愛した湿地は「ハチゴロウの戸島湿地」という名前がついた。
 そこを管理する「コウノトリ湿地ネット」代表の佐竹節夫さんが「ハチゴロウの残したもの」という講演をされた。 

 ハチゴロウ、ありがとう。
[PR]

by kimfang | 2011-06-02 13:27 | 取材ノート