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動物児童文学作家のキム・ファンです!!
12/6/12  「水俣の赤い海」
 水俣病研究や患者の支援に尽くした熊本県の医師、原田正純さんが11日に急性骨髄性白血病で亡くなられた。
 原田さんは、水俣病におかされながらも自らのうけた障害をのりこえて精一杯生き続けようとする若者郡を描いたドキュメンタリー、『水俣の赤い海』(初版 / 1986 / フレーベル館)の著者でもある。

 長く軍政が続き、1987年の「民主化宣言」の頃からようやく民主化が動きはじめた韓国では、さまざまな理由からノンフクション児童文学が発展しなかった。その発展に大きく寄与したのが、1999年に韓国で出た韓国語版『미나마타의 붉은 바다』(ウリ教育)だ。
 その後、この本は韓国の小学生の必読書となり、韓国でノンフィクション児童文学といえば、『미나마타의 붉은 바다 水俣の赤い海』といわれるほどになった。
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 ぼくにとってもこの本は大きな存在だ。2004年、『水俣の赤い海』を韓国版をプロデュースした人と出会い、「在日としてどう生きてきたかを、コウノトリと絡めて書いてほしい」と依頼を受ける。そうして出た本が、韓国で初の本となった『황새 コウノトリ』(2007 / ウリ教育)だ。
 もちろん、スタッフは、『水俣の赤い海』の韓国版を作った人たちだった。

 恥ずかしながら2004年に原稿の依頼を受けるまでは、ぼくは『水俣の赤い海』のことを知らなかった。1986年に初版の本だからということもあり、また、ノンフクションでやっていくという覚悟も、まだなかった頃だから仕方ないといえばそうなのだが、韓国の人たちに指摘されてようやく読んだことを今でも鮮明に記憶している。

 2006年は水俣病公式確認50年の記念すべき年だった。
 おそらく、韓国での反響の大きさもあったのだろう。『水俣の赤い海』の復刻版が発売された。

 韓国の友人からよくたずねられる。
 『水俣の赤い海』の子どもたちは、その後、どうなったの?と―。

 原田先生には、ぜひ、続編を書いていただきたかった。
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by kimfang | 2012-06-17 10:44 | トピックス