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動物児童文学作家のキム・ファンです!!
14/5/23 延坪島、かつては「イシモチの島」
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 『黄金の海 イシモチの海 ―韓国西海岸 歴史民俗探訪』朱剛玄 著 / 黒澤真爾 訳 / 法政大学出版局 を読んだ。このシリーズの『韓国環境運動の社会学』は持っていたが、1998年に韓国で刊行されて2003年に翻訳されたこの本のことはまったく知らなかった。 原書名『조기에 관한 명상』 주강현 / 한겨레출판

 この本を読んで延坪(ヨンピョン)島の歴史について多くを知った。恥ずかしながら延坪島という島があることは、2010年11月の北朝鮮による「延坪島砲撃事件」で知った。実は、1999年と2002年にも、この海域で南北の戦闘があった。
 2002年は、ワールドカップサッカーの、韓国とトルコの3位決定戦が行われていた真っ最中だ。事件はよく覚えているが、延坪島という島のことは頭になかった。
 延坪島とい名は、あの砲撃事件で初めて知ったのだ。そしていつしか延坪島といえば、「南北戦闘の島」としか思わなくなっていたが、『イシモチの海』を読んで、延坪島がかつて「イシモチの島」だったということも知ることになった。
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 イシモチは、韓国を代表する国民的な魚だ。そのむかし王宮でもキムチを漬けるのにイシモチを入れたという大事な魚だ。法事のときには必ず供える魚で、韓国語では「조기 チョギ」という。

 延坪島はかつて、南から北上したイシモチがたくさんとれる、韓国第一位のイシモチ漁場だった。
 しかしここを全国に知られる有名な場所にしたのは、イシモチそのものよりも林慶業(イム・ギョンオプ)将軍だ。
 朝鮮時代の1636-1637年に起きた「丙子胡乱」(丙子の役)のとき、清を撃つために明にいく途中、将軍がいっとき延坪島に立ち寄り、イシモチをとって兵士に食べさせたという話が伝わるからだ。このとき、現在も伝わる伝統的な漁法も将軍が考案して民に教えてとされる。
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 『イシモチの海』は、イシモチという魚を通じた韓国の民俗と、林慶業将軍がいかにして「神」になったのかを紐解いていく流れの本だ。

 著者の朱剛玄氏は、著作のなかでこう述べている。
「神話は、人間が『確認できる歴史』『納得できる歴史』『受け入れられる歴史』だけでは、けっして成立しない。いくら国家の政策目標と一致しても、誰もが神になれるわけではないのだ。姜邯賛(カン・ガムチャン)、李成桂(イ・ソンゲ)、李舜臣(イ・スンシン)、権慄(クォン・ユル)といった将軍たちは、けっして神にはなれなかった。殴り殺された崔瑩(チェ・ヨン)と林慶業(イム・ギョンオプ)、王権に挑戦状を投げつけた彼らだけが神になった」

 261ページもある本だが、あまりにも面白くて一日で読んでしまった。
 しかし著者も憂いているように、延坪島にイシモチはこなくなってしまった。
 延坪島が「イシモチの島」として、もう一度復活してほしいという著者の願いが1998年に形となったのが、ほかならぬこの本だ。
 ところが……。
 その想いとは逆に、翌1999年には延坪島海域で最初の戦闘があった。次に2002年のワールドカップのときに。
 そして2010年の砲撃で、人びとの頭のなかから「イシモチの島」は完全に消えさり、「南北戦闘の島」だけが支配するようになってしまった。

 昨日、北朝鮮がまた、延坪島近海に砲撃を行った。作者の願いも空しく、延坪島が「イシモチの島」にもどる日はさらにまた、遠のいたのかも知れない。
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by kimfang | 2014-05-23 12:12 | トピックス