動物児童文学作家のキム・ファンです!!
カテゴリ:取材ノート( 68 )

11/3/19 倉敷で、一席二鳥(コウノトリ)
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 今回の震災により被害を受けられたみなさまに、心よりお見舞いを申し上げます。
 
 コウノトリを求めて倉敷市にいった。

 放鳥されたコウノトリの子ども2羽がここに滞在中だ。
 「倉敷コウノトリの会」では、このままコウノトリに棲みついてもらおう。コウノトリとともに暮らせる倉敷にしようと、頑張っている。

 そのためには、もっともっと多くの人たちにコウノトリを知ってもらわなくてはいけない。

 19日に開催された第4段「いきもの茶屋」のテーマは、すばりコウノトリだ!

 昨今、科学者が自分の研究を市民にわかりやすく伝える「サイエンス・カフェ」が全国で広まっている。
元もとはイギリスやフランスではじめられたものだが、日本では、2004年に京都ではじまったという。
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 コウノトリとともに暮らす町、豊岡でも、3年前から毎月行われている。
 「鶴見カフェ」という。
 そのむかしコウノトリは「鶴」と呼ばれていたので、鶴を「見る」、つまり、コウノトリや豊岡にまつわるエトセトラを、地元の美味しいお菓子を食べ、コーヒーや紅茶を飲みながら気軽に語り合おうというお茶会だ。

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 研究者に直接、コウノトリのことをきいてみよう→
              
 (1)誰でも参加できる。(2)誰でも発言できる。(3)発言を否定しない。

こんな原則でやっていて、今回は倉敷市のサイエンス・カフェ、「いきもの茶屋」とのコラボだ。

 この「席」に参加するだけで、倉敷のコウノトリのことも取材できて、コウノトリを研究している最前線の研究者からも貴重な話が聞ける。 
 まさに「一席二鳥(コウノトリ)」(実際に二羽きている^^)!

 倉敷コウノトリの会の人たちが造ったビオトープ。
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 観察小屋に入ってみた。

 惜しくもコウノトリには会えなかったけれど、コウノトリを守り、育もうとする、大勢のコウノトリを愛する人たちと会えて、本当によかった。

 関係者のみなさん、とてもたのしい会でした!
 ありがとうございました。
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by kimfang | 2011-03-20 11:03 | 取材ノート
11/1/20 ドムドムバーガーと介助犬
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 IKEAへ向かう途中。
 道を聞こうとショッピングモールに立ち寄った。
 入り口の自動ドアの前で、思わず、あっ!と叫んでしまった。
 これはあの、ドムドムハンバーガー。f0004331_15132276.jpg
 実は数日前、どんどんなくなっていくこのチェーン店のことが、テレビで紹介されていたのだ。
 まったく知らなかったが、1970年に日本で初めてのハンバーガーショップとして出店(マクドナルドは71年)した歴史あるハンバーガーショップだとか。
 親会社のダイエーとともに全国に広がったのだが、ダイエーの経営者が変わったことにより、ダイエーの中にもマクドナルドが出店するようになったという。
 京都市に住むぼくは見たことがなかった(二店舗あるようだ)。
 せっかくだからハンバーガーを食べようかと思ったところ、介助犬と出会ってしまった。
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 介助犬の訓練の様子は本やテレビでもよく紹介されているが、実際の活躍を見る機会はあまり多くない。すぐにイヌの取材を開始した。
 入口までご主人さまを先導してきた介助犬は自動ドアの前でストップ。
 ドアが開くと、車いすのご主人様だけが中に入り、イヌは入り口でじっと待機した。
 それでも、主人のことが気になるのか? ガラス越しにじっと観察。
 ご主人様が戻ってくるのがわかるのだろうなぁ。しっぽを盛んにふりはじめた。

 やっぱり! 
 ご主人様が戻ると、喜んで先導しだした。ホント、かしこいね。
 何とか、アップ写真が撮りたい。
 家人にいって、すぐに追いかけた。
 でも、なかなか見つからない。やっと介助犬を見つけて、ハイ、ポーズ。
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 あちゃ~ドムドムバーガーと、家人のこと、忘れてた^^
 (家人は慣れている)
 IKEAにいくのには、もう時間がない。せっかく見つけたのに…
 
 ドムドムさん、すみません。
 次は必ずハンバーガー食べます。
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by kimfang | 2011-01-29 15:17 | 取材ノート
10/12/20 吾輩は「猫質」である
 韓国へいくと必ず立ち寄るのが、教保文庫。韓国最大の書店だ。
 空港へ向かうギリギリまでいた。
 だした本がちゃんとあるのか? まずは確認。
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 一週間前にいった家人が、まだ日本に届いていなかった『トキ』を見ようと必死に探したが、どうしても見つからず店員にたずねみたところ、店員もわからないところにあったといっていたので、心配だった。

 『ゾウのサクラ』はなかったが、他の本は、みな、ちゃんとあった。
 それなのにやはり、新刊の『トキ』の姿が見当たらない。
 出版社別に置かれたコーナーには『巣箱』や『カヤネズミ』はあったのに、トキはいない。
 たまらずぼくも店員にたずねてみた。
 すると店員が、「絵本の新刊コーナーにありますよ」と案内してくれた。
 なかなかいい場所にあるな。よしよし。
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 次は、今、韓国でどんな本が流行っているのか? 
 きっちりとチェックしなくしてはいけない。
 リニューアルされた店内には、日本の本をそのまま置いてある日本書コーナーや、日本の本の翻訳本を集めたコーナーもあった。
 
 どんな本が翻訳されているのか? 
 それも大事なチャックポイントでもある。
 おおっ、これは『ホームレス中学生』だ!
(左から『さよなら渓谷』、『ホームレス中学生』、『犬と私の10の約束』、『蹴りたい背中』)
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 へぇ~っ? 今になって『吾輩は猫である』がでている。それも3社から。
 おっ! ちょっと待てよ…
 と、いうことは…もう、ネコもいけるかも知れない!

 信じられないかも知れないが、韓国では猫のイメージは極めて悪い。
 いやっ、悪かった。
 不吉だとか、呪われるとか。年配ほど、その悪いイメージは強いのだ。
 しかし最近は、かなり変わってきた。
 
 だって、大韓航空の日本への旅行CMに、「たま駅長」が登用される時代だもの。

 日本に帰るなり、数年前に我が家の愛猫―「チャム」を主人公にして書いた絵本原稿を出版社に送ってみた。
 出版社の返事は「うーん、いいんですが…」とツレナイ。
「それより、書いてもらいたいものがあります。それを先に書いてもらったら、ネコもちゃんと検討しますから」だって。
 「人質」ならぬ「猫質」である―。

 原稿依頼をしてくれたかのだから頑張らなくっちゃいけないけれど…
 ぼくと同世代の室長には、やはりまだネコへの偏見が残っているのかなぁ。
 「猫質」開放のために、いい仕事をしなくては。


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 吾輩は「猫質」である。
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 名前はチャム。
 
 ネズミに誘われてこたつからでると、かごに入れられた。

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 いったのは病院。
 
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 何っ? 予防接種だと。
 
 チッ、だましやがったなっ。

 もう一緒に寝てやらないと、思ったが、
 
 腕まくらの心地よさには代えられない。

                           しょうがない。今日も一緒に寝てやるぜ。
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by kimfang | 2010-12-19 17:30 | 取材ノート
10/12/2 盲学校美術授業を参観
 数年前から追いかけているテーマとは、目の不自由な子どもたちの美術教室―「우리들의 눈 わたしたちの目」の活動だ。
 子どもたちの作品はギャラリーでいつも展示しているので、誰でもいつでも観ることができる。ぼくも韓国にいったときは必ず鑑賞している。しかしここはあくまでも展示のスペース、創作をする場ではない。

 あの、研ぎ澄まされた感性溢れる彼らの作品は、いったいどこでどのようにして産みだされるのだろうか? 
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 一度、創作の現場を見たいと切に願っていた。
 子どもたちの作品のほとんどは、盲学校における美術授業で創られる。「우리들의 눈 わたしたちの目」の美術教師が学校へ出向いて授業を行うのだ。
 今回、授業はもう終わってしまったが、特別に「補習授業」を組んでしてくださることになった。

 学校での授業は終わっているので、補習授業は学校の前にある教会で行われた。
 子どもたちのとなりで指導するのは、美大をでた若い先生たち。
ベテラン先生、コ・ジュギョン先生が「クリスマスにちなんだ作品を創りましょう!」といって授業がはじまった。
 
ところがコ先生が、軽快なクリスマスミュージックを流したから驚いた。
ぼくはカメラの音も創作に影響を与えると思い、音の消せるカメラを準備していたからだ。
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 それだけじゃない。紙やフエルトをもらった子どもたちがみな、いっせいに伏せてしまったものだから、激しく動揺した。

 あぁ…ぼくが無理に授業を参観したいなんていったものだから機嫌を損ねているんだ…
 ごめんよ…
 申し訳なく思っていたら、まったくちがった。
 子どもたちは材料の臭いをかぎ、さわり、残った視力で一生懸命に色や明るさをチェックしていたのだ。
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「先生、前のよりいい紙だね」
「もっときれいな色がほしいよ」

 顔をあげると活発な会話が飛び交った。
 とりわけジュンソクは、色へのこだわりがすごかった。
 世界各国の国旗と、そこに使われている色をきちんといえた。
 なかでもオレンジ色が大好きで、ぼくがオレンジ色の材料を探してもってきたが、右目に着かんばかりに近付けて「もっと黄色に近いものがよかった。こんなんじゃダメ」といった。
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 創作現場は、ぼくが想像したよりもはるかに明るくにぎやかなものだった。
 テギョンはコ・ジュギョン先生を家に招待したくてしょうがないようで、しきりにその話をもちだした。
  コ先生はそんなテギョンの話を聞きながら、じょうずに裁縫へと導いていく。

 ぼくもやってみたが、ケガをしないように先が丸いハリだからなかなか縫うのはたいへんだ。
 あとで知ったことだが、目の不自由な子どもたちの手の力はとても弱い。縫物はそんな子どもたちの筋力アップに最適だという。
 また、大活躍の両面テープも指先の感覚を養うのにとてもいいのだ。

 スンテとテギョンの会話は、まるで漫才だ。
ふたりはお互いの家に遊びにいったときの話をしてくれた。階段を何段登ってどちらにいくのか、しっかりと覚えている。お互いの家の正確な見取り図までもがきちんと頭の中にある。
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 黙々と創作に打ち込んでいたのがハヌルとヨンジン。
ハヌルは雪を降らすのに苦心していた。そのかいあって作品は立派なホワイトクリスマスとなった。
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 授業が終わったので、オモニたちが入ってきた。
 作品はクリスマス祭の期間、教会で展示される。今日は持ち帰れないので記念撮影。
 「スンテ、いい顔して!」
オモニがうれしそうにシャッターを切った。

 先生たちとオモニたちが、ぼくの『韓国版サクラ』をたいへんな苦労をして点訳してくださったときいた。
 子どもたちがそれを読んでくれているという。
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by kimfang | 2010-12-11 16:55 | 取材ノート
10/12/1 韓定食の達人?
 知らぬ間にぼくは、「韓定食が大好きな人」になっていた。
 噂が噂を呼んだようで、どこの出版社もご飯といえば韓定食の店ばかりに連れていく。
 今回も3日間で3回。毎日、昼か晩は韓定食だった^^
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 確かに、はじめて韓定食をご馳走してもらったときは非常に感動して、ひとつひとつ写真を撮ってうれしそうな食べたものだ。
 担当者のそんな記憶が次の編集者に受け継がれて、いや、何故だか他社の編者者にも伝わって「韓定食が大好きな人」となったようだ。
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 韓定食は、韓国料理の懐石のようなもので、多様なパンチャン(おかず)がテーブル狭しと並ぶ。
 そのなかにオモニやハルモニがつくってくれたものを見つけたならば「懐かしい味」になり、いままで知らなかった料理がでると「新鮮な味」となる。
 例え好き嫌いがあっても大丈夫。嫌いなものは手をつけなくても目立たない。
 しかも酒のアテになって、締めのメシにもなるから、こんな便利な食事もないだろう。
 接待する出版社にとっても都合がいい。
 何料理にしようか? 悩む必要もないうえにぼくが大好きとならば決まりだろう。

 そんなこんなで、今まで数々の韓定食屋さんにいって、いつしか「韓定食の達人?」となったぼくが、これまでのベスト3に入れもいいほど、たのしくいただいたお店を紹介しよう。

 景福宮近くのギャラリーが並ぶ道沿いにある「솔뫼마을」(ソルモマウル 松山村)という韓定食屋さん。

 二階にあがるまでに瓶とカボチャがある。
 するとまずはカボチャのスープがでた。こんなの初めて。ぐっときた。
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九節板(クジョルパン)の中央は、
ふつうは薄く焼いたクレープのようなもののだが、
何と赤いカブラのスライス。
これがなかなかいい。

 

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きのこの中にミンチとチーズを入れて焼いたものも。おー変わり種。これって韓国料理? ⇒

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 アヒルの肉にチーズがかかっていて、         伝統的なジョンがでてきて。ホッとしていたら、
 あらあら、ラッキョがそえられていた。  
 このラッキョが酸っぱくなくて、美味いのなんの!

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 いつもの韓定食のメンツが、ひとつのお盆に盛られてきた。
 二三人でひとつの皿に盛られることがあるので、
 こうしてひとり分をだしてくれると、とてもありがたい。

 「韓定食の達人?」が、お勧めします!
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by kimfang | 2010-12-09 14:27 | 取材ノート
10/9/11 ところ変わればチャンポンも変わる
 ここ一年は、留学生の実家に泊まりながら取材をしている。
 実はこの留学生、ドキュメンタリーを学びたくて美術大学に留学しているのだが、「在日」に興味を持ったようで、修士論文にうちの長女を撮りたいといってきた。
「在日」のことをもっと知ってもらえるなら断る理由もない。もう三年も娘を、そしてぼくを、家族を撮っている。
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 彼の作品は長女が主役だけれども、ぼくも結構重要な存在のようで、ぼくが取材や講演にでかけるとビデオカメラを持ってついてくる。
 韓国での取材もついていきたいというから、ならば君んちに泊めてよ。と、いうわけでお互いの「W取材」となっているわけだ。

 先日は留学生の義兄に車をだしてもらって「W取材」をした。
 昼食は中華を食べたのだが、右上の写真のような付きだしがでてきて笑ってしまった。
 中国のザーサイ、日本のたくわん、そして韓国のキムチ。中・日・韓の漬物が一緒に並んだからおかしくてたまらない。

 留学生が迷わず「짬뽕 チャンポン」を注文したので、またまた笑ってしまった。
 実は、韓国のチャンポンには、苦い、いやっ、辛い失敗談がある。
日本の新聞記者さんの通訳兼案内で取材に同行していたとき、田舎の食堂のメニューにチャンポンがあり、久しぶりに麺類が食べたくてチャンポンを注文した。

 あっさり塩味のラーメンを想像していたら、真っ赤っかの麺がでてきて、その怖ろしいほどの辛さにほんのふた口で降参してしまったのだ。
幸運にも記者さんは大の辛いもん好き。記者さんの麺がまったく辛くなかったので、お互いが注文したものを交換して食べたという話だ。

 すると留学生が、韓国の辛いチャンポンの味が懐かしくて、日本の中華料理店にいってチャンポンを注文したのに、まったく辛くなくてと、とてもガッカリしたというエピソードを披露したので、またまたみんなで笑った。

 店員が注文を取りにきたので、辛くない麺はないかとたずねた。すると、「삼선우동(サムソンうどん)」がいいと薦められたのでそれをたのんだ。
 しばらくしてやってきたのは、うどんではなくて、日本でいうところの立派なチャンポン! あっさり塩味に野菜と海鮮がたっぷり。
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 これだ! これは日本のチャンポンと一緒だよ! というと、
 真っ赤っかのスープを指さして、これですよ、これが韓国のチャンポンですよ!と留学生。
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 ところ変われば、チャンポンも変わる。
日本のみなさま、お気をつけて。

 さてさて、ただで泊めていただいているからには、食事はおごらなくはいけない。
 料金を払おうとしたら、留学生の義兄に止められた。

「先生、ここはぼくたちの『나와바리 ナワバリ』です。
日本に帰ったら弟におごってやってください」

 へぇーっ! 韓国でも日本の発音そのまま「なわばり」っていうんだ!

ところ変われど、「ヤクザ言葉」は通じるんだ!
 みんなで、またまたま大笑い。
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by kimfang | 2010-09-22 14:48 | 取材ノート
10/9/9 「わたしたちの目」 本格取材
 またまた韓国へ取材旅行にでかけた。
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目的のひとつが「わたしたちの目(우리들의 눈)」を主宰するオム・ジョンスン画家へのインタビューだった。

 昨年の暮れにようやく念願の画家さんとは会えたが、本にするにはまったくもって不十分。
 ようやく本格的な取材に入ることとなった。

 「仁川未来都市博」(昨年開催)に展示するために、視覚障害を持つ子どもたちが幾多の苦難を乗り越えた末に、実際にゾウに触れて創り上げた芸術作品を見せてもらった。

 おー! たったひとつ選ばれて、みんなでゾウの大きさにしたのはこの作品かぁ。

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 さて、取材は本格化したが、出版社が決まっているわけではない。

 果たして出してくれる出版社が現れるのかどうか?

 
 
 と、いうのも、韓国ではまだまだ「正統ノンフィクション児童文学」(韓国では実話なら科学読み物もノンフィクション扱いだ。だから本格的なノンフィクション文学を業界ではこう呼んでいる)が根付いていないからである。

 日本でもノンフィクション児童文学は目立たない地味な存在だが、夏休みの課題図書などに必ずノンフィクションが入るような仕組みになっているから出版社は出してくれるし、力も入れる。

 もしも課題図書に選ばれれば、10万部はでるという。(選ばれたことないけど^^)
 日本でノンフィクション児童文学が根づいている理由は、こんなところにもあるのだろう。
 (再販制度の存在も大きい。韓国は自由に値引きしていい市場原理主義)

 しかしそのような制度のない韓国では、ノンフィクションが大事なことは重々わかっていても、売れにくいジャンルはいつまでたっても力が注がれないのが現実なのである。
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 大事な基礎研究を軽視し、外国から持ってきた技術や、人材のヘッドハンティングで完成品を組み立てて世界で売りぬく―。

 今の韓国の産業界のありようそのまま、時間がかかり地味な、そう、まるで基礎研究のようなノンフィクションは未発達のまま放置されているのだ。

 このままではダメだ!
 韓国に「正統ノンフィクション」を根付かせなくては! 
「在日」のぼくが書くことによって、韓国の作家たちを刺激したい!
 そんな想いで韓国に進出したぼくだったが…

 実際にやってみて、今は「戦略戦術」を練り直さなくてはいけないと真剣に思っている。

 ただ、ノンフィクション絵本ともいえる『巣箱』や、科学読み物のなかにノンフィクションの章を組み込んだ『ペンギン』が高い支持を得ていることは、今後に向けたいいヒントになろう。

 今回の企画は、内容もさることながら、本の「カタチ」も工夫しなくてはいけないようだ。
 
 う~ん。たいへんだぁ。

 
 
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by kimfang | 2010-09-21 22:16 | 取材ノート
09/12/10 ♪ はーるばるきたぜ、ソクチョ~
 束草(속초 ソクチョ)にいった。
 東海岸の一番北に位置するここは国立公園の雪嶽山があり、海水浴場がありと、レジャーのメッカとしてにぎわう街だ。だから「冬ソナ」などのドラマにも度々登場する。
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 しかしぼくの目的は山でも海でもロケ地でもなく、イカ。
 イカの絵本を書くために、ソウルから約200キロの道のりをはるばるやってきたのだ。

 イカなら「日本海」に取材にいけば済む話だが、韓国でだす以上、「東海」を取材するのがあちらの流儀。そう。東海といえばイカ、イカといえば束草、これが韓国の常識なのである。             

 実は今回、留学生と共に旅をした。ぼくが旅費をだす代わりに彼が宿を提供する。彼のお姉さんはソウルで私設幼稚園経営していて、そちらで泊めていただいた。夜に到着するとあいさつもほどほどに、すぐに酒宴となった。
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 「明日は高速バスなので…」と遠慮していると、「先生、喜んでください。友達が車をだしてくれることになりました」と留学生。これでトイレのことを考えてビールを我慢することもない。みんなで朝の3時まで飲んだ。

 二日酔いでも気合いで出発。待ち合わせの場所に着くと、留学生の親友が待っていた。
 その傍らに、な、なんと、ベンツ! 何でも、会社の社長さんに事情を説明すると快く貸してくださったとか。(日本では、絶対にありえねぇ)
高速バスとベンツでは天と地の差。3時間の快適なドライブを満喫した。

 漁港は、思っていたよりも小さかった。しかし、閑散期なのに結構人がいて、狭い路地の両側に鮮魚や干物を売る商売人がしきりに声をかけていた。
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 さぁ、どこにしようか? 
 束草にきたからにぁ、必ずしなくてはいけない流儀がある。ずばりイカを食うこと。

 店に入って注文すると、しばらくたって皿にテンコ盛りに盛られたイカ刺しがきた。
 チョジャン(酢味噌)だけでなく、わさび醤油もある。昨今は日本食がブームになっていて、刺身をわさび醤油で食べることも普通になってきた。


 さて、そのお味は? 大のイカ好きのぼくが、「忘れられない味一番」にあげてもいいほど、とっても甘いイカだった。
 なのに、どうして? やっぱ、若者たちはそれをチョジャンで食べる。
「うーん、チョジャンの味が強すぎて、イカの味がわからなくならないか?」「それもそうですね」
 若者二人はおじさんの言葉に一度は納得したが、「やっぱ、イカはチョジャンですよ」とその後はチョジャンで食べだした。まぁ、あちらの流儀にも配慮しなくちゃねぇ。ぼくも半分はチョジャンで食べた。

 帰り道、交通の難所として超有名な「寒溪嶺」(한계령 海抜1,004m)はたいへんな霧となった。3m先が見えない状態だ。ライトを上げると乱反射して見えないから、センターラインだけを頼りにのろのろと1時間も走った。
 果たして生きて帰れるのか? そんな想いが頭をよぎったが、どんな時も不安を口にしないのも、あちらの流儀。 ケンチャネー!!!(大丈夫!!!)

 何とか寒溪嶺の頂上にある休憩所にたどり着くも、霧は一向に晴れない。そればかりか、休憩所もシャッターが閉められてしまう始末。こんな景色が見られるはずだつたのに・・・もう戻れない。いくしかない。
 ところが、下りに入るとすぐに霧はなくなったのである! ホント不思議だった!

 イカの甘みと、怖ろしい寒溪嶺の霧は一生忘れることはないだろう。

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 束草には、民族の霊峰・白頭山(北朝鮮)へ向かう国際ターミナルがあった。白頭山へ向かうにはロシアへ入り、中国を経なくてはいけない。

 「東海」には、「日本海」にない「分断の現実」があった。
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by kimfang | 2009-12-17 21:38 | 取材ノート
09/12/9 熱望! 国立自然史博物館
 またまた韓国にいって帰ってきた。
 元もと今回の訪韓は5月に出した『ペンギン』の講演会が予定されていたのだが、新型インフルエンザの流行で中止とあいなった。ならば、今までいきたくてもいけなかったところへいってやろうと、あちらこちらと飛び回ってきた。収穫は多い。

 それを報告しようとしたら、38度の高熱が出た! まさか、新型もらって帰ってきた? 
 三日たって平熱に戻ったので新型でなくてよかったとホッとしている。
 もしもかかっていたら「だから来るなといったのに^^」と韓国の友人に笑われるところだった。

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 最初の話はソウル市の「西大門自然史博物館」。
 自然史博物館は「自然の歴史」を展示する博物館で、自然の大切さを科学的に学ぶ施設として、その重要性は日に日に高まっている。

 なのに…情けない話だが、それまで韓国には個人や私学が建てた自然史博物館はあっても、公立の自然史博物館はなかった。2003年7月にオープンした西大門自然史博物館は、韓国で初めて公の機関が建てた自然史博物館なのである。
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 韓国といえば「無類の歴史好き」というお国柄。歴史博物館、戦争博物館、民俗博物館などなど、歴史の博物館を次々と建てて、歴史的建造物の復元も数多く手掛けているのだが、自然史博物館にはとーんと関心が向かないようで困っていた。

 ところが近年、「世界(OECD加盟国)で国立の自然史博物館がないのは、韓国だけだ」というきつ~い市民からの批判を受けて、ようやく重い腰があがりつつある。
国立の自然史博物館建設が国会でも論議されるようになり、誘致合戦が繰り広げられるようになった。とにかく、一歩前進だ。
 屋上には恐竜が。 

 さて、韓国の自然史博物館を訪ねたのは今回が初めてではない。梨花女子大学(私学)のそれがいいと聞いていったことがあるが、もうひとつどころか、もうふたつのできでガックリした経緯がある。f0004331_17141565.jpg
 今回も地方自治体が作った博物館なので期待はしていなかった。でも、小さい規模なりにも、親しみやすくわかりやすく展示する工夫が随所にあってなかなかよかった。

 しかし…(おそらくロシアから持ってきたのだろう)シベリアトラやハイイロオオカミのはく製を見せられると、なんで、自国のチョウセントラやチョウセンオオカミを展示できないの? と無理を理解しつつも要求を高めてしまう。
 自治体では限界がある、国立でなければできないものがあるのだ。

 ちなみに、上野にある国立科学博物館には『南極物語』のタロ・ジロも、『ハチ公物語』のハチのはく製だってちゃんと展示してある。めっちゃ、うらやまし~い。

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新しくできる韓国の国立の自然史博物館(いつになることやら)には、飼い主を探して7か月、300キロも旅をした国民的名犬、珍島犬の「백구」も展示してほしいものだ。
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 企画展「コガネムシ科の昆虫展」がやっていた。三国時代に流行ったとされる「タマムシの羽を花の形に装飾したチマ」や、5万7千匹のタマムシの羽で出来た壁が展示されていた。

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by kimfang | 2009-12-16 17:07 | 取材ノート
09/10/30 『ハクサイ』の塩漬け
 野菜嫌いだ。鍋にハクサイなどが入っていても、絶対に自分からは食べない。それをよく知っている家人が無理やりに皿に入れる。そんなぼくが柄にもなく野菜の絵本を書くことになった。

 「新人の画家のために、身近な植物の話を書いてくれないかしら」
 お世話になっている友人のフリー編集者の、たっての頼みだから断れない。
 植物ねぇ…韓国の子どもたちに身近な植物なぁ…おおっ、あれしかないわ!
 韓国といえばキムチ! キムチといえばハクサイ! 素材はハクサイに決めた。友人のリクエストは「画家の精密画が際立つよう、成長過程の物語にしてね」。
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 ちょうど都合よく近所の畑でハクサイが栽培された。3-4日に一度は畑を訪れて携帯カメラでパチリ。成長過程をつぶさに観察していた。
 外葉が出て大きくなると、葉が立ち出す。そして次々と葉が巻いていく。まったくもって不思議だ。そういえばキャベツも葉を巻いている。何で?

 調べてみると何とキャベツも、葉が巻かないケール(青汁の原料)を改良して人間が創りだしたものだった。ハクサイも葉を巻かないパクチョイとカブが中国の揚州あたりで自然交雑。その後、人がより多くの葉を巻くものを選んで創りだした野菜だと知る。
 しかも日本に伝わったのが明治時代で、広がったのは大正時代に入ってから。日清・日露戦争で大陸に浸出した兵隊が、中国からタネを持ち帰ったという逸話もある。案外と新しい野菜だったんだなぁ。
 ところが日本でハクサイを育てると葉がちゃんと巻かない。ちゃんと葉の巻く「結球ハクサイ」ができるまでにはたいへんな苦労があったのだ。

 そのことを分かり易く解説してくれるのが、←この本。お勧めです。

 さてさて、ではでは、朝鮮半島へはいつ伝わったのか? 
 現在のような※キムチには結球ハクサイが不可欠。
 だって、葉の間あいだにヤンニョム(薬味)をこすりつけなくては美味いキムチはできないんだもの。
 (※トウガラシもヤンニョムも入っていないキムチは三国時代以前からある)

 ところが、これがよくわからない。朝鮮王朝中期以後という説もあり、日本で栽培に成功したものが朝鮮へと渡ったという説まである。
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  ←ポサムキムチ。↑ 韓国の伝統野菜である、半結球ハクサイ。
 
 完全に葉が巻かない「半結結球ハクサイ」はすでに半島にあって、高麗の王宮ではケソン(開城)ハクサイという品種を使った宮廷キムチ―ポサムキムチが作られていた。(当時はまだ唐辛子は伝来していない。写真は現在風のポサムキムチ)
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 そんなこんな、ハクサイの改良やらキムチの歴史が面白くて楽しくて、すらすらと原稿は出来上がった。自分でも結構いい出来だと思っていた。

 しかし…友人からはOKが出なかった。       キムチのことならこの絵本→
 「ハクサイの歴史を描いたお話は面白いんだけどねぇ…完全な成長過程の物語じゃないから…」
 結局、『ハクサイ』原稿は「塩漬け」となってしまった。とほほ。
 塩漬けしてもしてもいつかは腐る。そうなる前に、「キムチ(絵本)」にしてやぁ~

 で、原稿を書き上げてからは、ハクサイを積極的に食べている。
 より多くの葉が巻くように努力したら先人たちのを思うと、食べずにはいられない。
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by kimfang | 2009-10-30 21:55 | 取材ノート