動物児童文学作家のキム・ファンです!!
カテゴリ:取材ノート( 65 )

10/12/2 盲学校美術授業を参観
 数年前から追いかけているテーマとは、目の不自由な子どもたちの美術教室―「우리들의 눈 わたしたちの目」の活動だ。
 子どもたちの作品はギャラリーでいつも展示しているので、誰でもいつでも観ることができる。ぼくも韓国にいったときは必ず鑑賞している。しかしここはあくまでも展示のスペース、創作をする場ではない。

 あの、研ぎ澄まされた感性溢れる彼らの作品は、いったいどこでどのようにして産みだされるのだろうか? 
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 一度、創作の現場を見たいと切に願っていた。
 子どもたちの作品のほとんどは、盲学校における美術授業で創られる。「우리들의 눈 わたしたちの目」の美術教師が学校へ出向いて授業を行うのだ。
 今回、授業はもう終わってしまったが、特別に「補習授業」を組んでしてくださることになった。

 学校での授業は終わっているので、補習授業は学校の前にある教会で行われた。
 子どもたちのとなりで指導するのは、美大をでた若い先生たち。
ベテラン先生、コ・ジュギョン先生が「クリスマスにちなんだ作品を創りましょう!」といって授業がはじまった。
 
ところがコ先生が、軽快なクリスマスミュージックを流したから驚いた。
ぼくはカメラの音も創作に影響を与えると思い、音の消せるカメラを準備していたからだ。
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 それだけじゃない。紙やフエルトをもらった子どもたちがみな、いっせいに伏せてしまったものだから、激しく動揺した。

 あぁ…ぼくが無理に授業を参観したいなんていったものだから機嫌を損ねているんだ…
 ごめんよ…
 申し訳なく思っていたら、まったくちがった。
 子どもたちは材料の臭いをかぎ、さわり、残った視力で一生懸命に色や明るさをチェックしていたのだ。
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「先生、前のよりいい紙だね」
「もっときれいな色がほしいよ」

 顔をあげると活発な会話が飛び交った。
 とりわけジュンソクは、色へのこだわりがすごかった。
 世界各国の国旗と、そこに使われている色をきちんといえた。
 なかでもオレンジ色が大好きで、ぼくがオレンジ色の材料を探してもってきたが、右目に着かんばかりに近付けて「もっと黄色に近いものがよかった。こんなんじゃダメ」といった。
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 創作現場は、ぼくが想像したよりもはるかに明るくにぎやかなものだった。
 テギョンはコ・ジュギョン先生を家に招待したくてしょうがないようで、しきりにその話をもちだした。
  コ先生はそんなテギョンの話を聞きながら、じょうずに裁縫へと導いていく。

 ぼくもやってみたが、ケガをしないように先が丸いハリだからなかなか縫うのはたいへんだ。
 あとで知ったことだが、目の不自由な子どもたちの手の力はとても弱い。縫物はそんな子どもたちの筋力アップに最適だという。
 また、大活躍の両面テープも指先の感覚を養うのにとてもいいのだ。

 スンテとテギョンの会話は、まるで漫才だ。
ふたりはお互いの家に遊びにいったときの話をしてくれた。階段を何段登ってどちらにいくのか、しっかりと覚えている。お互いの家の正確な見取り図までもがきちんと頭の中にある。
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 黙々と創作に打ち込んでいたのがハヌルとヨンジン。
ハヌルは雪を降らすのに苦心していた。そのかいあって作品は立派なホワイトクリスマスとなった。
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 授業が終わったので、オモニたちが入ってきた。
 作品はクリスマス祭の期間、教会で展示される。今日は持ち帰れないので記念撮影。
 「スンテ、いい顔して!」
オモニがうれしそうにシャッターを切った。

 先生たちとオモニたちが、ぼくの『韓国版サクラ』をたいへんな苦労をして点訳してくださったときいた。
 子どもたちがそれを読んでくれているという。
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by kimfang | 2010-12-11 16:55 | 取材ノート
10/12/1 韓定食の達人?
 知らぬ間にぼくは、「韓定食が大好きな人」になっていた。
 噂が噂を呼んだようで、どこの出版社もご飯といえば韓定食の店ばかりに連れていく。
 今回も3日間で3回。毎日、昼か晩は韓定食だった^^
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 確かに、はじめて韓定食をご馳走してもらったときは非常に感動して、ひとつひとつ写真を撮ってうれしそうな食べたものだ。
 担当者のそんな記憶が次の編集者に受け継がれて、いや、何故だか他社の編者者にも伝わって「韓定食が大好きな人」となったようだ。
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 韓定食は、韓国料理の懐石のようなもので、多様なパンチャン(おかず)がテーブル狭しと並ぶ。
 そのなかにオモニやハルモニがつくってくれたものを見つけたならば「懐かしい味」になり、いままで知らなかった料理がでると「新鮮な味」となる。
 例え好き嫌いがあっても大丈夫。嫌いなものは手をつけなくても目立たない。
 しかも酒のアテになって、締めのメシにもなるから、こんな便利な食事もないだろう。
 接待する出版社にとっても都合がいい。
 何料理にしようか? 悩む必要もないうえにぼくが大好きとならば決まりだろう。

 そんなこんなで、今まで数々の韓定食屋さんにいって、いつしか「韓定食の達人?」となったぼくが、これまでのベスト3に入れもいいほど、たのしくいただいたお店を紹介しよう。

 景福宮近くのギャラリーが並ぶ道沿いにある「솔뫼마을」(ソルモマウル 松山村)という韓定食屋さん。

 二階にあがるまでに瓶とカボチャがある。
 するとまずはカボチャのスープがでた。こんなの初めて。ぐっときた。
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九節板(クジョルパン)の中央は、
ふつうは薄く焼いたクレープのようなもののだが、
何と赤いカブラのスライス。
これがなかなかいい。

 

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きのこの中にミンチとチーズを入れて焼いたものも。おー変わり種。これって韓国料理? ⇒

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 アヒルの肉にチーズがかかっていて、         伝統的なジョンがでてきて。ホッとしていたら、
 あらあら、ラッキョがそえられていた。  
 このラッキョが酸っぱくなくて、美味いのなんの!

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 いつもの韓定食のメンツが、ひとつのお盆に盛られてきた。
 二三人でひとつの皿に盛られることがあるので、
 こうしてひとり分をだしてくれると、とてもありがたい。

 「韓定食の達人?」が、お勧めします!
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by kimfang | 2010-12-09 14:27 | 取材ノート
10/9/11 ところ変わればチャンポンも変わる
 ここ一年は、留学生の実家に泊まりながら取材をしている。
 実はこの留学生、ドキュメンタリーを学びたくて美術大学に留学しているのだが、「在日」に興味を持ったようで、修士論文にうちの長女を撮りたいといってきた。
「在日」のことをもっと知ってもらえるなら断る理由もない。もう三年も娘を、そしてぼくを、家族を撮っている。
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 彼の作品は長女が主役だけれども、ぼくも結構重要な存在のようで、ぼくが取材や講演にでかけるとビデオカメラを持ってついてくる。
 韓国での取材もついていきたいというから、ならば君んちに泊めてよ。と、いうわけでお互いの「W取材」となっているわけだ。

 先日は留学生の義兄に車をだしてもらって「W取材」をした。
 昼食は中華を食べたのだが、右上の写真のような付きだしがでてきて笑ってしまった。
 中国のザーサイ、日本のたくわん、そして韓国のキムチ。中・日・韓の漬物が一緒に並んだからおかしくてたまらない。

 留学生が迷わず「짬뽕 チャンポン」を注文したので、またまた笑ってしまった。
 実は、韓国のチャンポンには、苦い、いやっ、辛い失敗談がある。
日本の新聞記者さんの通訳兼案内で取材に同行していたとき、田舎の食堂のメニューにチャンポンがあり、久しぶりに麺類が食べたくてチャンポンを注文した。

 あっさり塩味のラーメンを想像していたら、真っ赤っかの麺がでてきて、その怖ろしいほどの辛さにほんのふた口で降参してしまったのだ。
幸運にも記者さんは大の辛いもん好き。記者さんの麺がまったく辛くなかったので、お互いが注文したものを交換して食べたという話だ。

 すると留学生が、韓国の辛いチャンポンの味が懐かしくて、日本の中華料理店にいってチャンポンを注文したのに、まったく辛くなくてと、とてもガッカリしたというエピソードを披露したので、またまたみんなで笑った。

 店員が注文を取りにきたので、辛くない麺はないかとたずねた。すると、「삼선우동(サムソンうどん)」がいいと薦められたのでそれをたのんだ。
 しばらくしてやってきたのは、うどんではなくて、日本でいうところの立派なチャンポン! あっさり塩味に野菜と海鮮がたっぷり。
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 これだ! これは日本のチャンポンと一緒だよ! というと、
 真っ赤っかのスープを指さして、これですよ、これが韓国のチャンポンですよ!と留学生。
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 ところ変われば、チャンポンも変わる。
日本のみなさま、お気をつけて。

 さてさて、ただで泊めていただいているからには、食事はおごらなくはいけない。
 料金を払おうとしたら、留学生の義兄に止められた。

「先生、ここはぼくたちの『나와바리 ナワバリ』です。
日本に帰ったら弟におごってやってください」

 へぇーっ! 韓国でも日本の発音そのまま「なわばり」っていうんだ!

ところ変われど、「ヤクザ言葉」は通じるんだ!
 みんなで、またまたま大笑い。
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by kimfang | 2010-09-22 14:48 | 取材ノート
10/9/9 「わたしたちの目」 本格取材
 またまた韓国へ取材旅行にでかけた。
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目的のひとつが「わたしたちの目(우리들의 눈)」を主宰するオム・ジョンスン画家へのインタビューだった。

 昨年の暮れにようやく念願の画家さんとは会えたが、本にするにはまったくもって不十分。
 ようやく本格的な取材に入ることとなった。

 「仁川未来都市博」(昨年開催)に展示するために、視覚障害を持つ子どもたちが幾多の苦難を乗り越えた末に、実際にゾウに触れて創り上げた芸術作品を見せてもらった。

 おー! たったひとつ選ばれて、みんなでゾウの大きさにしたのはこの作品かぁ。

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 さて、取材は本格化したが、出版社が決まっているわけではない。

 果たして出してくれる出版社が現れるのかどうか?

 
 
 と、いうのも、韓国ではまだまだ「正統ノンフィクション児童文学」(韓国では実話なら科学読み物もノンフィクション扱いだ。だから本格的なノンフィクション文学を業界ではこう呼んでいる)が根付いていないからである。

 日本でもノンフィクション児童文学は目立たない地味な存在だが、夏休みの課題図書などに必ずノンフィクションが入るような仕組みになっているから出版社は出してくれるし、力も入れる。

 もしも課題図書に選ばれれば、10万部はでるという。(選ばれたことないけど^^)
 日本でノンフィクション児童文学が根づいている理由は、こんなところにもあるのだろう。
 (再販制度の存在も大きい。韓国は自由に値引きしていい市場原理主義)

 しかしそのような制度のない韓国では、ノンフィクションが大事なことは重々わかっていても、売れにくいジャンルはいつまでたっても力が注がれないのが現実なのである。
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 大事な基礎研究を軽視し、外国から持ってきた技術や、人材のヘッドハンティングで完成品を組み立てて世界で売りぬく―。

 今の韓国の産業界のありようそのまま、時間がかかり地味な、そう、まるで基礎研究のようなノンフィクションは未発達のまま放置されているのだ。

 このままではダメだ!
 韓国に「正統ノンフィクション」を根付かせなくては! 
「在日」のぼくが書くことによって、韓国の作家たちを刺激したい!
 そんな想いで韓国に進出したぼくだったが…

 実際にやってみて、今は「戦略戦術」を練り直さなくてはいけないと真剣に思っている。

 ただ、ノンフィクション絵本ともいえる『巣箱』や、科学読み物のなかにノンフィクションの章を組み込んだ『ペンギン』が高い支持を得ていることは、今後に向けたいいヒントになろう。

 今回の企画は、内容もさることながら、本の「カタチ」も工夫しなくてはいけないようだ。
 
 う~ん。たいへんだぁ。

 
 
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by kimfang | 2010-09-21 22:16 | 取材ノート
09/12/10 ♪ はーるばるきたぜ、ソクチョ~
 束草(속초 ソクチョ)にいった。
 東海岸の一番北に位置するここは国立公園の雪嶽山があり、海水浴場がありと、レジャーのメッカとしてにぎわう街だ。だから「冬ソナ」などのドラマにも度々登場する。
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 しかしぼくの目的は山でも海でもロケ地でもなく、イカ。
 イカの絵本を書くために、ソウルから約200キロの道のりをはるばるやってきたのだ。

 イカなら「日本海」に取材にいけば済む話だが、韓国でだす以上、「東海」を取材するのがあちらの流儀。そう。東海といえばイカ、イカといえば束草、これが韓国の常識なのである。             

 実は今回、留学生と共に旅をした。ぼくが旅費をだす代わりに彼が宿を提供する。彼のお姉さんはソウルで私設幼稚園経営していて、そちらで泊めていただいた。夜に到着するとあいさつもほどほどに、すぐに酒宴となった。
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 「明日は高速バスなので…」と遠慮していると、「先生、喜んでください。友達が車をだしてくれることになりました」と留学生。これでトイレのことを考えてビールを我慢することもない。みんなで朝の3時まで飲んだ。

 二日酔いでも気合いで出発。待ち合わせの場所に着くと、留学生の親友が待っていた。
 その傍らに、な、なんと、ベンツ! 何でも、会社の社長さんに事情を説明すると快く貸してくださったとか。(日本では、絶対にありえねぇ)
高速バスとベンツでは天と地の差。3時間の快適なドライブを満喫した。

 漁港は、思っていたよりも小さかった。しかし、閑散期なのに結構人がいて、狭い路地の両側に鮮魚や干物を売る商売人がしきりに声をかけていた。
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 さぁ、どこにしようか? 
 束草にきたからにぁ、必ずしなくてはいけない流儀がある。ずばりイカを食うこと。

 店に入って注文すると、しばらくたって皿にテンコ盛りに盛られたイカ刺しがきた。
 チョジャン(酢味噌)だけでなく、わさび醤油もある。昨今は日本食がブームになっていて、刺身をわさび醤油で食べることも普通になってきた。


 さて、そのお味は? 大のイカ好きのぼくが、「忘れられない味一番」にあげてもいいほど、とっても甘いイカだった。
 なのに、どうして? やっぱ、若者たちはそれをチョジャンで食べる。
「うーん、チョジャンの味が強すぎて、イカの味がわからなくならないか?」「それもそうですね」
 若者二人はおじさんの言葉に一度は納得したが、「やっぱ、イカはチョジャンですよ」とその後はチョジャンで食べだした。まぁ、あちらの流儀にも配慮しなくちゃねぇ。ぼくも半分はチョジャンで食べた。

 帰り道、交通の難所として超有名な「寒溪嶺」(한계령 海抜1,004m)はたいへんな霧となった。3m先が見えない状態だ。ライトを上げると乱反射して見えないから、センターラインだけを頼りにのろのろと1時間も走った。
 果たして生きて帰れるのか? そんな想いが頭をよぎったが、どんな時も不安を口にしないのも、あちらの流儀。 ケンチャネー!!!(大丈夫!!!)

 何とか寒溪嶺の頂上にある休憩所にたどり着くも、霧は一向に晴れない。そればかりか、休憩所もシャッターが閉められてしまう始末。こんな景色が見られるはずだつたのに・・・もう戻れない。いくしかない。
 ところが、下りに入るとすぐに霧はなくなったのである! ホント不思議だった!

 イカの甘みと、怖ろしい寒溪嶺の霧は一生忘れることはないだろう。

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 束草には、民族の霊峰・白頭山(北朝鮮)へ向かう国際ターミナルがあった。白頭山へ向かうにはロシアへ入り、中国を経なくてはいけない。

 「東海」には、「日本海」にない「分断の現実」があった。
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by kimfang | 2009-12-17 21:38 | 取材ノート
09/12/9 熱望! 国立自然史博物館
 またまた韓国にいって帰ってきた。
 元もと今回の訪韓は5月に出した『ペンギン』の講演会が予定されていたのだが、新型インフルエンザの流行で中止とあいなった。ならば、今までいきたくてもいけなかったところへいってやろうと、あちらこちらと飛び回ってきた。収穫は多い。

 それを報告しようとしたら、38度の高熱が出た! まさか、新型もらって帰ってきた? 
 三日たって平熱に戻ったので新型でなくてよかったとホッとしている。
 もしもかかっていたら「だから来るなといったのに^^」と韓国の友人に笑われるところだった。

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 最初の話はソウル市の「西大門自然史博物館」。
 自然史博物館は「自然の歴史」を展示する博物館で、自然の大切さを科学的に学ぶ施設として、その重要性は日に日に高まっている。

 なのに…情けない話だが、それまで韓国には個人や私学が建てた自然史博物館はあっても、公立の自然史博物館はなかった。2003年7月にオープンした西大門自然史博物館は、韓国で初めて公の機関が建てた自然史博物館なのである。
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 韓国といえば「無類の歴史好き」というお国柄。歴史博物館、戦争博物館、民俗博物館などなど、歴史の博物館を次々と建てて、歴史的建造物の復元も数多く手掛けているのだが、自然史博物館にはとーんと関心が向かないようで困っていた。

 ところが近年、「世界(OECD加盟国)で国立の自然史博物館がないのは、韓国だけだ」というきつ~い市民からの批判を受けて、ようやく重い腰があがりつつある。
国立の自然史博物館建設が国会でも論議されるようになり、誘致合戦が繰り広げられるようになった。とにかく、一歩前進だ。
 屋上には恐竜が。 

 さて、韓国の自然史博物館を訪ねたのは今回が初めてではない。梨花女子大学(私学)のそれがいいと聞いていったことがあるが、もうひとつどころか、もうふたつのできでガックリした経緯がある。f0004331_17141565.jpg
 今回も地方自治体が作った博物館なので期待はしていなかった。でも、小さい規模なりにも、親しみやすくわかりやすく展示する工夫が随所にあってなかなかよかった。

 しかし…(おそらくロシアから持ってきたのだろう)シベリアトラやハイイロオオカミのはく製を見せられると、なんで、自国のチョウセントラやチョウセンオオカミを展示できないの? と無理を理解しつつも要求を高めてしまう。
 自治体では限界がある、国立でなければできないものがあるのだ。

 ちなみに、上野にある国立科学博物館には『南極物語』のタロ・ジロも、『ハチ公物語』のハチのはく製だってちゃんと展示してある。めっちゃ、うらやまし~い。

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新しくできる韓国の国立の自然史博物館(いつになることやら)には、飼い主を探して7か月、300キロも旅をした国民的名犬、珍島犬の「백구」も展示してほしいものだ。
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 企画展「コガネムシ科の昆虫展」がやっていた。三国時代に流行ったとされる「タマムシの羽を花の形に装飾したチマ」や、5万7千匹のタマムシの羽で出来た壁が展示されていた。

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by kimfang | 2009-12-16 17:07 | 取材ノート
09/10/30 『ハクサイ』の塩漬け
 野菜嫌いだ。鍋にハクサイなどが入っていても、絶対に自分からは食べない。それをよく知っている家人が無理やりに皿に入れる。そんなぼくが柄にもなく野菜の絵本を書くことになった。

 「新人の画家のために、身近な植物の話を書いてくれないかしら」
 お世話になっている友人のフリー編集者の、たっての頼みだから断れない。
 植物ねぇ…韓国の子どもたちに身近な植物なぁ…おおっ、あれしかないわ!
 韓国といえばキムチ! キムチといえばハクサイ! 素材はハクサイに決めた。友人のリクエストは「画家の精密画が際立つよう、成長過程の物語にしてね」。
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 ちょうど都合よく近所の畑でハクサイが栽培された。3-4日に一度は畑を訪れて携帯カメラでパチリ。成長過程をつぶさに観察していた。
 外葉が出て大きくなると、葉が立ち出す。そして次々と葉が巻いていく。まったくもって不思議だ。そういえばキャベツも葉を巻いている。何で?

 調べてみると何とキャベツも、葉が巻かないケール(青汁の原料)を改良して人間が創りだしたものだった。ハクサイも葉を巻かないパクチョイとカブが中国の揚州あたりで自然交雑。その後、人がより多くの葉を巻くものを選んで創りだした野菜だと知る。
 しかも日本に伝わったのが明治時代で、広がったのは大正時代に入ってから。日清・日露戦争で大陸に浸出した兵隊が、中国からタネを持ち帰ったという逸話もある。案外と新しい野菜だったんだなぁ。
 ところが日本でハクサイを育てると葉がちゃんと巻かない。ちゃんと葉の巻く「結球ハクサイ」ができるまでにはたいへんな苦労があったのだ。

 そのことを分かり易く解説してくれるのが、←この本。お勧めです。

 さてさて、ではでは、朝鮮半島へはいつ伝わったのか? 
 現在のような※キムチには結球ハクサイが不可欠。
 だって、葉の間あいだにヤンニョム(薬味)をこすりつけなくては美味いキムチはできないんだもの。
 (※トウガラシもヤンニョムも入っていないキムチは三国時代以前からある)

 ところが、これがよくわからない。朝鮮王朝中期以後という説もあり、日本で栽培に成功したものが朝鮮へと渡ったという説まである。
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  ←ポサムキムチ。↑ 韓国の伝統野菜である、半結球ハクサイ。
 
 完全に葉が巻かない「半結結球ハクサイ」はすでに半島にあって、高麗の王宮ではケソン(開城)ハクサイという品種を使った宮廷キムチ―ポサムキムチが作られていた。(当時はまだ唐辛子は伝来していない。写真は現在風のポサムキムチ)
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 そんなこんな、ハクサイの改良やらキムチの歴史が面白くて楽しくて、すらすらと原稿は出来上がった。自分でも結構いい出来だと思っていた。

 しかし…友人からはOKが出なかった。       キムチのことならこの絵本→
 「ハクサイの歴史を描いたお話は面白いんだけどねぇ…完全な成長過程の物語じゃないから…」
 結局、『ハクサイ』原稿は「塩漬け」となってしまった。とほほ。
 塩漬けしてもしてもいつかは腐る。そうなる前に、「キムチ(絵本)」にしてやぁ~

 で、原稿を書き上げてからは、ハクサイを積極的に食べている。
 より多くの葉が巻くように努力したら先人たちのを思うと、食べずにはいられない。
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by kimfang | 2009-10-30 21:55 | 取材ノート
09/7/27 味噌とんぼ
 トンボに関心のない人も、必ず見たことのあるトンボがいる。
 夏の甲子園なんか見ていると、テレビの画面にもよくでるオレンジ色のトンボ。夏なら、四条河原町の真ん中でも飛んでいるのがウスバキトンボだ。

 夏に群れ飛ぶこのトンボは、遠い南の国から風に乗ってやってくる。卵を産むと、わずか4日でヤゴになり、一か月でトンボになって次世代が飛び立つ。沖縄、九州から世代を重ねて北上し、ついには北海道までたどり着く不思議なトンボだ。
太鼓のむかしから、毎年、毎年…

 もちろん、朝鮮半島にも夏にやってくる。済州島から半島南部に上陸、北朝鮮まで北上していく。太鼓のむかしから、毎年、毎年…

 さて、このウスバキトンボを絵本の中に登場させたくて調べると、何と「된장잠자리」。直訳すると「味噌とんぼ」。ははは、まったく、唐辛子といい、味噌といい、韓国らしいネーミングだと笑っていた。

 ところが専門書を読んで、日本でも「味噌とんぼ」と呼ぶ地域がかなりあることを知った。出雲の「ミソトンボ」、加賀の「ミソカイ」など、日本海沿岸地方に伝承されている。
 さらには、佐渡や北陸、東北には、トンボの方言として「ダンプリ」「ザンプリ」が、広域的に分布するというではないか!
 トンボの韓国語は「チャムジャリ」で、済州島では「パンブリ」だ。そのむかし、渡来人が伝えた言葉がそのまま残ったとしか考えられないとあった。

 これだ! アキアカネとウスバキトンボが出会うシーンを創ろう。ウスバキトンボの写真に撮って、編集者に送ろう。これで心が「唐辛子とんぼ」に揺れることはあるまい。いっひひ。
カメラを持って毎日のように鴨川河川敷に出かけた。
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 しかしこれが…
あんなに群れ飛んでいるのに…
 ホント、うまくいかない。

 とほほ、とまってくれないのだ。写真がとれへーん ^^

 専門書には「とまらず」という異名があるとあった。
 そりゃあそうだろう。そうでないと、海を渡れまい。

 ぼくのような素人では無理だとあきらめた。
 時間をかえせ~
 (いい勉強に。決して無駄ではありませんでした)

 ※ 写真は「チョウトンボ」です。お間違いなく。
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by kimfang | 2009-07-28 19:18 | 取材ノート
09/7/26 赤とんぼ
 カワセミの原稿は無事、契約となった。ありがたいことに、友人(代理人)から「次も書いてほしい」という依頼があり、「赤とんぼはどう?」と打診したら「いい素材ね」となった。
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 「赤とんぼ」―日本に住むぼくは、当然、「秋に金色の稲穂の上を舞うアキアカネ-고추좀잠자리をイメージしていた。
 ところが、編集を担当する友人は、「真夏の池のほとりのショウジョウトンボ-고추잠자리」(写真)をイメージしていたのである。
 そう。日韓で「赤とんぼ」はちがったのだ。

 そもそも「赤とんぼ」という種類のトンボはいない。体が赤くなるトンボをひとまとめに「赤とんぼ」といってしまっているが、アキアカネ、ナツアカネ、ノシメトンボ、ミヤマアカネなどなど、たくさんいるのに「本当の名前」を知らない人がほとんどだ。

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韓国では、体が赤いトンボを何でも「唐辛子とんぼ-고추잠자리」といってしまう。日本で、体が赤いトンボをみな「赤とんぼ」というのと同じだ。「いわゆる赤とんぼ」というつもりで「고추잠자리」といってしまったぼくが一番悪いのだが、友人はガンとして譲らなかった。
 
 このトンボ、未成熟の頃は薄黄色の体だが、やがて(オスのみ)頭はもちろん、体全体が真っ赤になる美しいトンボだ。青トウガラシが熟すと真っ赤になる様子から「고추(唐辛子)잠자리(トンボ)」という名がついた。

 名前も姿も、いかにも韓国らしいトンボで、一番、その名を知られたトンボだ。それを絵本にしたいという友人の気持ちはわからない訳でもない。
 因みに日本名の「ショウジョウ」は、映画『もののけ姫』にも登場した真っ赤なサル―「猩猩」からきている。

 アキアカネか? ショウジョウトンボか? 「唐辛子とんぼ」を譲らなかった友人を翻意させたのは、アキアカネの「人生」だった。

 アキアカネは春に田んぼで生まれると初夏に羽化。暑さを嫌って高い山へいく。そして稲穂が黄金に稔る頃に帰ってくるのだ。つまり、「旅するトンボ」なのである。
 友人はそのことをまったく知らなかったようで、「旅するなんて、とてもドラマチックね。絵本にいいかも」と心が動きだした。
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 決定打は「『健康な田んぼ』が減っている。アキアカネを通じて田んぼを考えさせよう」のひと言。
 むかしむかしアキアカネたちは、人が田んぼを営みはじめると、それをよく研究し、田んぼに合わせた生活を営んできた。つまり、田んぼがないと生きられないトンボなのだ。

 先月、近所の田んぼから羽化したアキアカネは山へと旅立っていった。

 友人の心が変わらぬうちに、書きあげなくては ^^

(トンボを撮っていたら、あんなに探していたカワセミが…必死で追いかけているときは、あんまり出てきてくれなかったのに・・・そんなもんです。人生なんて ^^)
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by kimfang | 2009-07-26 12:24 | 取材ノート
09/7/5 ETC 開閉扉は開いたのに・・・
 ETCつけて初めてのドライブ。ウミガメの飼育で有名な名古屋港水族館へいってきた。
 ちゃんと、扉が開くのか? ちょっと緊張したが、バッチシ。順調に高速を走った。
 「一宮IC」から名古屋高速へ。ところが…
 
 カーナビがぐるぐる自分の位置を探して、答えられなくて、やがて一般道の画面になり、やれっ右に曲がれ!だの、やれっ左にいけ!など、うるさくてたまらない。パニくりだした。そう。ナビに名古屋高速が入っていなかったのだ。
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 一番、パニックに陥ったのは、ほかでもなく、ぼくだ。
 ETCばかりが気になっていて、道順をまったく調べていなかったのだ。どうしょう!

 名古屋高速はややこしい。何と、1号から11号線まである。ナビが連れていってくれるものと信じていたので、どの道をいくのか、まったくわからない。

しかも、高速だ、止まれない! 減速もできない、オーマイゴット!

 となりで座っていた家人に「何とかして」といっても、どうなるわけもない。一般道をいこうとしたら、

 「そうよ、近くに新空港があったわ。ガイドブックの地図に空港が載ってた」といった。
 もう、それを信じるしかない。とにかく空港に向かうことに。相変わらず、ナビは、右だ! 左だ!と叫んでいた。

 そんな時、パニクっていたナビの画面に忽然と高速道路が現れた。「明道町JCT」を超えたら、復活。つまり、「一宮IC」から「明道町JCT」は、最近できた道だったのである。いやいやっ、道が新しいのでなく、うちのナビがかなり古いのだ^^

 とにかく、無事に到着。ウミガメを観察していたが、ペンギン水槽で南極のペンギンたちを観ると、ずうーと、ペンギンばかり観てしまった。これじゃあ、次の原稿が書けない。早く、ペンギンの呪縛から抜け出さないといけないのに…

 有意義な?取材を終えて帰るつもりが、たはは、帰りのETC専用レーンでは扉が開かなかった。

 あちゃー、ETCカード入れ忘れてたー。へへへ。後の車、ごめんなさい。

 ↓ ぼくの大好きなペンギン、ジェンツーペンギン。
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                                                            泳ぐ、アゴヒゲペンギン  → 
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by kimfang | 2009-07-08 14:15 | 取材ノート