動物児童文学作家のキム・ファンです!!
カテゴリ:連載( 40 )

16/3/12 助け合いの心 語りつぐ
韓国絵本紹介コラム最終回です。
助け合いの心 語りつぐ
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 このコラムも今回で最終回。最後に南北両方の子どもたちが大好きで、長きにわたり読み継がれてきたロンクセラー絵本、『いっしょにごはんたべよ』(原題 개구리네 한솥밥)を紹介しよう。

 むかし話でもないのに、南北両方の子どもたちが知っているのは、原文が北朝鮮で1957年に出版されたペク・ソクの『はさみむしの四兄弟』に収録されたお話しだからだ。
 ペク・ソクは1912年に平安北道の定州市で生まれ、日本の青山学院大学で英文学を学んだ。36年にはじめての詩集『鹿』を発表。咸鏡南道咸興市の学校で教師をしていたが、解放後には故郷にもどり創作活動に励んだ。

 ペク・ソクが北朝鮮で活動したということから、以前は韓国では正当な評価を受けることはなかった。しかし今日では、その作品はどれも高く評価されている。
 今回はユ・エロが絵を担当し、日本語版もでた『いっしょに…』を紹介しているが、韓国では写真のようにちがう画家が絵をつけたこの物語の絵本が7冊も出版されている。もちろん、教科書にも収録されているのだ。
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 では、内容だ。むかし、貧しいけれど気立てのいいカエルがいた。ある日、兄さんにお米をわけてもらいにでかけたが、途中、ケガをしたサワガニと出会う。その後も、道に迷ったコメツキバツ、穴に落ちたフンコロガシ、草に絡まったカミキリムシ、水におぼれたホタルと出会い、そのつど、カエルは急ぎの用事も忘れてみんなを助けてやるのだった。

 そのせいで、兄さんの家に着いたのはすっかり暗くなってから。どうやって帰ろうかと途方に暮れていると、助けてやったホタルが飛んできて道を照らしてくれた。
 荷物が重くて困っていると、カミキリムシが飛んできて代わりにかついでくれたし、道の真ん中にフンが落ちていて通れないと、フンコロガシが現れて道を開けてくれたのだ。
 無事に家まで帰ったものの、臼がなくてお米をつけずにいると、コメツキバツタが現れて足でついてくれたし、薪がなくてたけずに困っていると、サワガニも現れてぶくぶくあわをだしてごはんを炊いてくれたのだ。
 そしてみんなでまあるくお釜を囲み、ひとつ釜のご飯を食べた。

 この絵本が長く愛されているのは、助け合うことの大切さと、一緒にご飯を食べることのたのしさを教えてくれるからだ。
 そのことを子どもたちに、しっかりと伝えていかなくては!

 記事全文は、ここから読めます。

 1年と4か月にわたり、ご愛読くださったみなさまに心より感謝します。
 微力ではありますが、韓国絵本の魅力を伝えるのに少しは役に立てたのかなぁと思っております^^
 これからは自分の絵本の創作に全力を注ぎますので、新作にご期待ください。
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by kimfang | 2016-03-12 17:24 | 連載
16/2/26 雪のなか ひたむきに待つ
韓国絵本紹介コラム39回目です。
雪のなか ひたむきに待つ
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 今回は、キム・ドンソンの絵本、『かあさん まだかな』(엄마 마중)を紹介しよう。
 キム・ドンソンはとても多才で、絵本のほかにも広告、ポスター、アニメ、何でもこなすが、彼の名を多くの国民が知ることになったのが、この『かあさん…』だ。写真のような、主人公のキャラクター人形が販売されるほどに多くの支持を得た。

 さて、内容だ。文は、日本の統治下にあった1938年に刊行された、『朝鮮児童文学集』のなかに収められたイ・テジュンの短編童話。キム・ドンソンは絵を担当した。
 舞台は、童話がつくられたのと同じ、1930年代。寒い真冬のある日。寒さで鼻を赤くしたぼうやが、路面電車の停車場にやってくる。

 短い足で停車場に「よいしょ!」とよじ登り、停車場で電車がくるのを持っていた。
 間もなくして、電車がやってきた。ぼうやは首を傾けて、
 「ぼくのかあさんは?」と運転士にたずねるが、運転士はぶっきらぼうに、
 「しらないねえ」と答える。しばらくして、つぎの電車がくると、また、ぼうやは首を傾けてたずねる。
 「ぼくのかあさんは?」
 そしてまた、つぎの運転士も、
 「しらないねえ」

 そしてまた、つぎの電車がやってきた。ぼうやはまた、首を傾けて運転士にたずねる。
 運転士は降りてきて、
 「あぶないから、かあさんがくるまで、ここでじっと待っていなさい」という。
 ぼうやはいわれたとおりに、じっと待つ。
 風が吹いても、電車がきても。じっと……。
 やがて、ちらちら雪が舞いはじめる。
 それでもぼうやは、じっと、かあさんを待ち続ける。雪はだんだん激しくなって積もりだし、やがて街を白くおおってしまう。
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 その後、ぼうやはどうなったのだろうか? かあさんに会えたのだろうか?
 読者はそれがとても気になるのだが、絵本には何も書いてない。ただただ、じっと、かあさんを待つぼうやのひたむきな姿が、じーんと心にしみる名作絵本だ。

 絵本には、停車場で頭に荷物をのせて電車を待つ女性、どこかへ走っていく男子中学生、子どもをおんぶしている女の子など、1930年代の韓国の人たちの暮らしぶりが、さりげなく描かれている。
 『かあさん まだかな』は、日本をはじめとする世界の6か国で翻訳出版されている。

 記事全文は、ここから読めます。
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by kimfang | 2016-02-26 13:25 | 連載
16/2/14 鉄を食べるプルガサリ
韓国絵本紹介コラム38回目です。
鉄を食べるプルガサリ
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 今回は韓国で怪物としてよく知られている「プルガサリ」が登場するむかし話絵本、『プルガサリ』(原題 불가사리)を紹介しよう。

 むかしむかし、山奥にハルモニが住んでいた。ある夏の日、ハルモニは体のあかをこねて黒いかたまりをつくる。かたまりは部屋をはいずりだした。これがプルガサリだ。
 プルガサリは部屋にあったハサミや鍵を次つぎと食べた。食べるごとに体は大きくなり、ハルモニが寝ているすきに、村へとおりていった。さじ、包丁、釜など、鉄でできているものなら何でも食べて、ついにはゾウほどまでに大きくなった。

 このままではたいへんなことになる! 村人たちはプルガサリをやっつけようとするが、びくともしない。役人がかけつけてきて槍と弓矢で殺そうとしても、はね返す。そこで火で焼き殺そうと穴に落として油を注ぐが、ものともしない。
 プルガサリが怪物といわれる理由がわかるだろ。
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 韓国語で手のつけられない乱暴者のことを指す慣用句に、「松都末年のプルガサリ」というのがある。松都は高麗時代の首都だった開城の別称。つまり、高麗時代末期のこと。そして、殺そうと思っても殺せないということから、プルガ(不可)サリ(殺伊)と呼ばれるようになったといわれている。

 しかし、そもそもプルガサリは怪物などではなく、神聖な生きものと考えられてきた。古い文献などには、つぎのように書かれている。
 「プルガサリは鉄を食べて生き、悪夢と邪気を追い払ってくれる伝説の生きものだ。その姿は、クマの体にゾウの鼻、サイの目、トラの爪のような牙、ウシの尾を持ち、全身には針のようなトゲがでている」
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 朝鮮王朝時代を代表する王宮である景福宮の交泰殿のうしろには、峨嵋山(アミサン)という庭園がある。そこには、プルガサリが彫られたオンドルの煙突があるのだ。交泰殿は中宮殿とも呼ばれる王妃の寝殿。悪夢を追い払ってくれるというプルガサリを刻むことで、夜の平穏を願ったのだろう。

 さて、プルガサリと聞くと多くの方が、北朝鮮で制作され日本でも公開された怪獣映画のことを思いだすのではないだろうか。実はそれよりも20年以上も前の1962年に、韓国初の怪獣映画にプルガサリが使われたのだ。
 惜しくもこの映画のフィルムは消失してしまい、詳しいことがわからない「幻の映画」となってしまったが、映画のタイトルは「松都末年のプルガサリ」なのだ。

 ところで、村中の鉄という鉄を食べて大きくなり、火で焼いても殺せないプルガサリを、ハルモニはどのように退治したのだろうか? お話のつづきは絵本で確かめて。

← 当時の新聞広告 (1962年11月30日の東亜日報) 

 記事全文は、ここから読めます。
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by kimfang | 2016-02-14 17:43 | 連載
16/1/29 想像力ふくらます雪景色
韓国絵本紹介コラム37回目です。
想像力ふくらます雪景色
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 雪が積もるとたいへんだが、雪景色は子どもたちの想像力をふくらませてくれる。
 今回は、雪の日にぴったりの絵本、『クリムのしろいキャンバス』(原題 그리미의 하얀 캔버스)を紹介しよう。

 主人公のクリムは、絵を描くのが大好きな女の子。どんより曇った冬のある日、クリムは部屋の窓にクレヨンで白い雪を描く。描いた雪がはらはらと舞い降りて、あたりいちめんに積もった。
 クリムは真っ白い雪を踏みしめながら、森の中へと入っていく。       写真 雪化粧した県福宮
 
 すると、助けを求める声が木の上から聞こえてきた。クリムはクレヨンではしごを描きながら、一段ずつ登る。そう、クリムのクレヨンは、描いたものが本物になるという不思議なクレヨンなのだ。クリムは次つぎと動物たちと出会い、クレヨンで描いた絵で助けていく――。
 どう? 子どもたちの想像力をふくらませてくれそうな絵本でしょ!

 この絵本は韓国で出版されるとたちまち、フランスとドイツで翻訳出版され、アメリカでもでた。 実はこの絵本、韓国の絵本界にとっても「特筆」すべき一冊なのだ。

 毎年、イタリアのボローニャで、「ボローニャ国際児童図書展」が開催されていることは、もうすでによくご存知だと思う。
 韓国絵本がボローニャではじめて受賞したのは2004年のこと。そしてついに11年には、『こころの家』で大賞を受賞したのだ。

 『クリム』は12年に、新人作家の最初の絵本にだけ授与される「オペラプリマ」という、新人部門の優秀賞を受賞した。この部門での韓国絵本の受賞は、はじめのことだ。
 初受賞とはいえ、もうすでに前年にはノンフィクション部門で大賞も受賞している。ではいったい、どうしてこの絵本が特筆すべき一冊なのだろうか? 
  左 日本語版 / 右 ドイツ語版
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 それはこの絵本の作者であるイ・ヒョンジュが、韓国国内で行われた「ボローニャワークショップ」という、半年に及ぶ研修期間を経てからボローニャ国際図書展に挑戦し、見事に賞を取ったからだ。

 07年、韓国を代表する美術家やデザイナーを多く輩出している弘益(ホンイク)大学のなかに、「KT&G 想像の広場」という複合文化空間がオープンした。10年からはそこで、韓国の絵本界で指導的な立場にある、画家、作家、編集者、デザイナー、企画者など、そうそうたるメンバーを講師に迎えてスタートさせたのが、先述の「ボローニャワークショップ」なのである。

 いわば「国家代表級のコーチ陣」が総力をあげて教えて鍛えた新人を、世界のひのき舞台に送りこむというプロジェクト。それがたった数年で大きな成果をあげたのだから、特筆すべきことなのだ。

 世界に認められた韓国絵本の後継者は、このようにしてさらにまた、産みだされているのである。

 記事全文は、ここから読めます。
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by kimfang | 2016-01-29 19:20 | 連載
16/1/18 心打つ少女のやさしさ
韓国絵本紹介コラム36回目です。
心打つ少女のやさしさ
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 寒さが一年でもっとも厳しい時期だ。今回は『ヨンイのビニールがさ』(原題 영이의 비닐우산)という、心があたたくなる絵本を紹介しよう。

 韓国の国民から愛されてきた童詩や童謡に絵をつけた、「ウリ詩絵本」という人気シリーズがある。この絵本も、そのシリーズのなかのひとつ。文が詩の絵本だ。

 詩人のユン・ドンジェが、この詩を発表したのは1980年代のはじめ。韓国は高度成長期に入っても、人びとの生活はまだまだ豊かではなかった。当時は多くの国民が、写真のようなビニール傘を使っていた。もちろん、しっかりとした布製の傘はあったが、裕福な人しか買うことのできないものだったのだ。

 今ではビニール傘の骨は、金属でできているのが当たり前だ。ところが当時の韓国のそれは細い竹でできていて、それに薄いビニールがはられただけの、本当に粗悪なものだった。それでも、穴があいてしまったビニール傘をそのまま使っている人たちも大勢いたという。
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 近年、ビニール傘はスーパーやコンビニなどで手軽に買うことができ、うっかり置き忘れてしまっても別に惜しいとも思わなくなった。しかし絵本の主人公のヨンイが暮らした当時は、ビニール傘は大切なものであり、他人に気安くあげられるようなものではなかったことを知っておいてほしい。

 それでは、内容だ。
 雨が降る月曜日の朝。小学生のヨンイは、学校へいく道でおじいさんをみかける。おじいさんは文房具屋のとなりの塀にもたれながら座り、雨にぬれていた。その横には、雨水であふれた空き缶が置いてあった。おじいさんは物乞いだったのだ。

 おじいさんは、子どもたちにからかわれ、文房具屋のおばさんからはひどいことをいわれる。それでも目を閉じたまま。
 ヨンイは朝の自習の時間が終わると外にでて、眠っているおじいさんに気づかれないよう、自分のビニール傘をそっとさしかけてあげるのだった。

 午後、雨はやみ、青空がもどってきた。学校が終わって家に帰る途中、ヨンイは文房具屋のとなりの塀に、ちらっと目をやる。もう、おじいさんはいない。でも、そこには……。

 絵を担当したキム・ジェホンは、灰色で暗い現実を表し、緑色で人を思いやるやさしさを表した。おじいさんをからかう子どもたちの傘や、文房具屋のおばさんの服が灰色で、ヨンイの傘が緑色なのにはちゃんと理由があるのだ。

 絵本を読み終えると、物乞いのおじいさんを思うヨンイのやさしと、おじいさんのヨンイに対する感謝の気持ちが心にしみわたり、心がぽかぽかとあたたかくなることだろう。  
 韓国の傑作絵本のひとつだ。

 記事全文は、ここから読めます。

 
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by kimfang | 2016-01-18 19:12 | 連載
16/1/3 泣く子も黙るこわい干し柿
韓国絵本紹介コラム35回目です。
泣く子も黙るこわい干し柿

 韓国の人たちが好んで食べる果物の代表格といえば、柿。もちろん干し柿も、お正月や秋夕などの名節やチェサには欠かせない。
 干し柿といえばやはりこのお話だ。むかし話絵本 『とらとほしがき』を紹介しよう。
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 むかしむかし、山奥に大きなトラが住んでいた。ある日、昼寝から覚めたトラは山をおりていく。山のふもとに着いたときには、もうすっかり真っ暗。ウシ小屋のある小さな家を見つけた。
 「ようし、あのウシを食ってやろう」

 トラがウシに近づくと、部屋ではお母さんが、泣いている赤ん坊をあやしていた。
 「泣くのはおよし。坊やの泣き声を聞いて、オオカミがくるわよ」
 でも、赤ん坊は泣きやまない。トラは赤ん坊がオオカミをこわがっていないと思った。

 お母さんは、また、いう。
 「泣くのはおよし。坊やの泣き声を聞いて、クマがくるわよ」
 でも、赤ん坊は泣きやまない。トラは赤ん坊がクマもこわがっていないと思った。
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 お母さんは、また、いった。
 「泣くのはおよし。坊やの泣き声を聞いて、トラがくるわよ」
 でも、赤ん坊は泣きやまない。トラは「わしが少しもこわくないようだ」とがっかり。
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 そのときお母さんが、赤ん坊に何かをあげた。 
 「泣くのはおよし。さあ、干し柿よ」
 赤ん坊が泣きやんだのをみて、トラは考えた。
 「いったい、干し柿とはどんなヤツなのか。あの赤ん坊が泣きやんだということは、わしより強くておそろしいヤツにちがいない」

 トラは干し柿がくる前に山に帰ろうとする。ちょうどそのとき、ウシを盗もうと泥棒がしのびこんできた。泥棒はトラをウシとかんちがいして、さっと背中に飛び乗る。
 「干し柿が、わしを食おうとしている!」
 トラは必死に逃げた。うしろをふり返ることもなく走り続け、二度と村へはおりてこなかったというお話だ。
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 この絵本をつくったパク・ジェヒョンは、大学のフランス文学科を卒業したあとカナダに渡り、このお話でデビューした。
 実はこの絵本は、原題が「THE TIGER AND DRIED PERSHIMMON」というカナダで出版された絵本なのだ。

 干し柿といえば、このむかし話のほかに、もうひとつ頭に浮かぶものがある。そう。干し柿の入った、生姜とシナモンがスパイシーな韓国の伝統茶、「スジョングァガ(水正果)」!
 スジョンガは、暑いときに冷やして飲むものという印象があるが、実はお正月にもよく飲まれるものだ。
 新年のあいさつに訪れた人のためにたくさん用意しふるまわれる、おもてなしのお茶なのである。

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by kimfang | 2016-01-03 09:50 | 連載
15/12/28 絵本でパンソリをきく
韓国絵本紹介コラム34回目です。
絵本でパンソリをきく
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 今年はいい年だったかな? ぼくは自分の夢がひとつ実現した、いい年だった。
 今から10年前の2005年の9月。兵庫県豊岡市でコウノトリの放鳥式典があり、韓国の研究者の通訳として歴史的な瞬間に立ち会った。大空に帰っていったコウノトリを見ながら、いつか祖国の大空を舞うコウノトリを見たい! と思った。
 そして10年の月日が流れた今年の9月。今度は、忠清南道禮山郡で行われた放鳥式典に招かれた日本の方たちの通訳として参加することができた。

 ところで、その放鳥式典に先立つ記念公演で、もうひとつ貴重な体験をすることとなった。何と、生でパンソリを見るという幸運に恵まれたのだ。
 パンソリは韓国の伝統的な民俗芸能で、03年にユネスコの無形文化遺産に登録された。パンソリをテレビや映画で見たことがあったが、目の前で演じられるパンソリを見たのは生まれてはじめてで、とても興奮した。
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 通訳の仕事だ。パンソリのことをすぐに解説しなくてはいけない。が、シン・ヨンヒ名唱の熱演に魅了されてしまい、仕事を忘れて聞き入ってしまった。
 このとき、演じられたのは「興夫歌(フンブガ)」の一節。これは「フンブとノルブ」という、ツバメが登場する兄弟愛を描いた韓国のむかし話だ。
 シン名唱が「アニリ(語り)」の部分で、
 「おいおい、どうしてツバメなのじゃ? 今日はコウノトリのお祝いをする、めでたい席ではないか!」
 というと、参加者たちはどっと笑った。

 18世紀ごろに原型ができたと考えられているパンソリは、かつては12作品ほどがあった。しかし今日に完全な形で残っているのは、先の「興夫歌」のほかに、親孝行を描いた「沈清歌(シムチョンガ)」、男女の愛を描いた「春香歌(チュニャンガ)」、三国志の名場面である「赤壁歌(チョクピョクカ)」と、「ウサギとカメ」という韓国のむかし話である「水宮歌(スグンガ)」の5曲だけだ。
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 さて、今回紹介する絵本は、その5曲のなかのひとつである 『水宮歌』(原題 수궁가)。
 むかし海に住む竜王が病気になってなげいていたところ、天から神仙がおりてきて「ウサギの肝を食すればよくなるだろう」と教える。竜王はカメにウサギを連れてこいと命じ、言葉巧みなカメにだまされたウサギは、竜宮へやってきたとたんに捕らえられてしまう。
 ところがウサギは「肝は木にぶらさげてきて、腹にはない」と答え、悠々とカメの背中に乗って地上にもどるのである。

 この絵本には、小学6年生の男の子が唱者を務めたCDがついている。大人向けの絵本だ。

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by kimfang | 2015-12-28 10:32 | 連載
15/12/12 韓国が育てた世界的画家
韓国絵本紹介コラム33回目です。
韓国が育てた世界的画家
 f0004331_193927100.jpgf0004331_19394418.jpg    
 今年は韓国の絵本界にとって特別な年だったと思う。ボローニャ図書展において、韓国絵本が「ラガッツイ賞」5文門すべてで「優秀賞」を受賞するという快挙を成し遂げたからだ。
 韓国絵本がボローニャではじめて賞を取ったのは2004年のこと。この受賞を機に、次つぎと国際的な賞を受賞してきた。しかし全部門で受賞したというニュースには正直ぼくも、「ついにここまできたか!」という感慨深いものがあった。

 「優秀賞で満足していてはいけない。『大賞』をとらなくては!」と思っている方もいるだろう。実はすでに11年と13年に大賞を2度も受賞している。しかも、同じ画家が。
 この画家は韓国ではよく「イボナ」と呼ばれている。「イ・ボナ」という韓国人のように聞こえるが、本名はイヴォナ・フミエレフスカ。ポーランドの画家だ。イヴォナは大賞を受賞したときの記者会見で、「韓国は作家としての私の人生がはじまった場所」と答えている。
 ではどうしてポーランドの画家が、韓国で絵本をだすようになったのか? 

 イヴォナの人生に転機が訪れたのは03年。自ら絵の束を胸に抱えてボローニャ図書展に乗り込んだ彼女は、企画者のイ・ジウォンと運命的な出会いをはたす。ポーランド語を学び留学経験もあったイはイヴォナの絵にほれこみ、ポーランででた絵本すべてを韓国でだそうと心に決めたのだ。

 翌04年、最初の翻訳本が韓国でたとき、イヴォナは生まれて初めて韓国を訪問した。彼女が街のあちらこちらにあふれているハングルに興味を持ったことを知った相棒のイ・ジウォンは、写真のようにハングルの形をモチーフにした絵本、『考える ㄱㄴㄷ』(日本語版未刊)を企画した。
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 この絵本で大成功したイヴォナは、その後はポーランドでだした絵本の翻訳ではなく、韓国で企画された絵本を担当するようになっていく。そして07年『考える』の姉妹作である『考える ABC』(日本語版未刊)で、ブラティスラヴァ世界絵本原点(BIB)で「金のリンゴ賞」に。
 11年に『こころの家』で「ボローニャ・ラガッツィ賞の大賞」を受賞し、何と13年にも『目』(日本語版未刊)でまた、大賞を受賞したのだ。

 つまりイヴォナ・フミエレフスカは、韓国の出版界が発掘し育てた世界的な絵本画家なのである。 

 さて、今回紹介する『こころの家』(原題 마음의 집 )の内容だ。目には見えないけれど、だれにでも、こころはある。きみにも、ぼくにも。でも、こころってなんだろう。こころを家にたとえて語る詩的な文と、イマジネーション豊かなイヴォナの絵がよくマッチした絵本だ。

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by kimfang | 2015-12-14 19:41 | 連載
15/11/28 大切でないものなどない
韓国絵本紹介コラム32回目です。
大切でないものなどない   
 
 秋の夜長、趣味の縫い物をたのしんでおられる方も多いことだろう。今回は、韓国の伝統的な裁縫道具たちが登場する絵本、 『あかてぬぐいのおくさんと7人のなかま』(原題 아씨방 일곱 동무)を紹介しよう。
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 この絵本のもとになっているのは、朝鮮王朝後期の作品と考えられている、 「閨中七友争論記」という作者不明のお話し。「閨中」とは、女性の生活の部屋であるアンバンのことで、閨房(キュバン)とも呼ばれた。その部屋のなかにいる「七友」とはつまり、裁縫をするのに欠かせない七つの裁縫道具のことで、これらがお互いに争うので「争論記」なのだ。
 イ・ヨンギョンは、当時の女性の生活や心がわかる重要な資料である「閨中七友争論記」を、子どもたちでも読めるようにやさしく脚色し、まるで民画を見ているような味わい深い絵をつけて絵本にした。

 むかし、頭に赤い手ぬぐいをかぶっている奥さんがいて、奥さんは縫い物がとても上手だった。
 ところがある日、奥さんがうたた寝をしていると、物差し夫人がみんなを見下ろしていいう。
 「わたしたちのなかで一番大事なのは、このわたくしですよ!」

 それを聞いたハサミお嬢さん、針娘、糸姉さんが自分こそ一番大事と主張する。
 だまって聞いていた指ぬきばあちゃんがさりげなく加わる。
 「奥さんが指先にケガをしないようにお守りするのがわたしの役目さ」 
 するとまた、我慢していたのしごて乙女とひのし姉やがいう。
 「でこぼこの針目にのしごてをあててうつくしく仕上げるのは、いったいだれでしょう?」
 「しわが寄ったり折り目がついたところをわたしがきれいに伸ばします。最後の仕上げこそ一番大切」
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 七つの道具たちのいい争う声で目を覚ました奥さんは、こらえきれなくなり、大きな声でいった。
 「一番えらいのはこのわたしだよ。わたしの腕がいいから、お前たちも自分の役目が果たせるんじゃないか。わかったかい!」
 そしてまた、寝てしまったのだ。

 奥さんに怒られて、七つの道具たちはしょんぼり。自分なんか、どうでもいいものだったんだと思うと悲しくなってしまった。
 すると、眠っている奥さんが大粒の涙を流しはじめたではないか!
 「こわい夢でも見ているのかしら?」
 「かわいそうだわ。おこしてあげましょう」
 奥さんは、道具たちがいなくなる夢を見て泣いていたのだ。目が覚めた奥さんは道具たちに……。

 この絵本は、韓国の小学校の教科書に採用されていることもあって、韓国の子どもたちみなが知っている。
 それぞれ役割はみんなちがうけれど、どれひとつ大切でないものなどない―。
 そんなことを気づかせくれる名作は、学校での読み聞かせに最適だ。

 写真の指ぬき―コルムは、朝鮮王朝時代のもの。

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by kimfang | 2015-12-02 11:06 | 連載
15/11/14 力をつけてきた知識絵本 
韓国絵本紹介コラム31回目です。
力をつけてきた知識絵本 

 絵本は物語に絵がついたもの―という認識の方が、まだまだ多いようだ。ストーリーのある「物語絵本」よりもむしろ、子どもに知識をあたえる目的でつくられた「知識絵本」の方が多いのに。

 何を隠そうぼくは、知識絵本の書き手。知識絵本には物語絵本のような強いドラマ性がない。子どもたちに最後まで読んでもらうのはたいへんだ。逆にいうと、そのためにあれこれ工夫するのがたのしいのである。
そんなぼくが強くおすすめしたいのが、韓国を代表する知識絵本の書き手のひとりである、ホ・ウンミの絵本だ。
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 最初に紹介するのは『おかあさんの おっぱい』(原題 엄마 젖이 딱 좋아!)。
 「ブタのおっぱいはポヨンポヨン。乳首はブラブラ14個。ブタの赤ちゃんはいつも同じ乳首からお乳を飲みます」
 ブタの赤ちゃんにはそれぞれ自分専用の乳首があるって、知ってたかな? 

色んな動物の乳首がどこに何個あって、どのように飲むのか教える。そしてハ虫類である恐竜にはおっぱいがないことを話し、ほ乳類のことを理解させていくのだ。さらに人間のおっぱいの話へと続いていく。
 しかもこの絵本の絵は、韓国の絵本画家としてはじめて国際賞(04年・ボローニャ優秀賞)を受賞した、ユン・ミスクが担当しているのだ。


 もうひとつは、 『うんちのちから』(原題 똥은 참 대단해!)。
 「赤、黄色、縁、絵の具かな? ちがうちがう。これはカタツムリのうんち。カタツムリはえさによって、うんちの色がちがう」 
 カタツムリって、食べる花の色によって、うちんの色がちがうこと知っていたかな?
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 うんちを見れば、体が大きいとか、どこに棲んでいるとか、色んなことがわかる。それだけではない。カバのうんちは魚のえさになるように、だれかがしたうんちが虫たちのえさになって土になり、やがてその土から果物や野菜が育つことも教えてくれる。
 この絵本は娘さんが、自分がしたうんちを流しながら「バイバイ、またね!」とあいさつする姿を見てアイデアを得たという。

 それまで韓国には質の高い知識絵本が少なく、多くが日本をはじめとする外国の翻訳本だった。韓国の知識絵本を豊かにしたくて、ぼくは韓国で仕事をはじめた。しかし今では、韓国の知識絵本がどんどん海外で翻訳出版されるまでに成長したのだ。

 記事全文は、ここから読めます。

 写真のサインは2008年に日本での取材を手伝ったときにもらったもの。
「キム・ファン先生 いい作品をこつこつだしてくださいよ」と書いてある^^
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by kimfang | 2015-11-15 19:08 | 連載