動物児童文学作家のキム・ファンです!!
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絵本『のんたとスナメリの海』
f0004331_14272787.gif絵本・ちきゅうのともだちシリーズ

瀬戸内の漁師 のんた と スナメリ との物語
いつまでも 人間とスナメリが
共生できることを願って

キム・ファン 文 / 藤井広野 絵
素人(そじん)社
2002年5月発売 1500円(税別)

ストーリー
f0004331_14291627.jpg むかしむかし瀬戸内の三角島に、のんたという漁師が住んでいた。のんたは貧しくて網も買えなかったが、のんびり暮らせて幸せだった。ある日、村のおかしらが一匹のスナメリの目を砕いてからというもの、三角島の海ではタイやスズキが釣れなくなった。焦った村人は、きたうら(日本海側)がクジラ漁で潤っていると聞くや、自分たちの網をつないでクジラをとることにする。ところが、やって来た大クジラは村人の網を全部持って行ってしまう。途方に暮れる村人を救うべく立ち上がったのんたは、やがて、「スナメリ網代漁(あじろりょう)」を思いつく!

「あとがき」より
f0004331_14295112.jpg 瀬戸内海にうかぶ阿波島には、スナメリをまつった祠があります。漁師さんたちのスナメリへの感謝の気持ちの印です。ぼくは祠の写真を見ながら、「スナメリ網代漁」を最初に思いついた人はいったいどんな人だったんだろう? と考えました。きっと、人にもスナメリにもやさしい、とても心のゆたかな人のはず。そんな漁師さんやスナメリに会いたいなぁと思い、瀬戸内海へでかけました。
 けれども、祠のある天然記念物に指定されている広島県竹原の海には、スナメリはおろか、漁師さんの姿さえありませんでした。今、瀬戸内海のスナメリは、長島や祝島がある山口県の上関地区に残っているだけで、ほかの地域ではほとんど見られなくなっています。なのに、この上関の長島に、原子力発電所が建設されようとしているのです。もしも原子力発電所が建設されれば、わずかに残ったスナメリにも大きな影響がでることにまちがいありません。人の手におえない原子力発電所という「大クジラ」を追いかけるのではなく、「小さなクジラ」スナメリと暮らしてきたことを、この物語を読んで思いだしてほしいと願っています。
 ぼくにこの物語を書くことをすすめてくださった「長島の自然を守る会」のみなさま、貴重なスナメリのお話を聞かせてくださった祝島をはじめとする瀬戸内の漁師のみなさま、広島県での取材に協力してくださった吉田徳成さん、竹原市立図書館館長の玉田静男さん、つたない文章にあたたかい助言をくださった京都学園大学の梓加依先生、立派な解説文を寄稿してくださった帝京科学大学の粕谷俊雄先生、そしてすてきな絵を描いてくださった藤井広野さんにお礼を申しあげます。
   2002年3月 動物児童文学作家 キム・ファン

解説文
 粕谷俊雄 教授 (帝京科学大学アニマルサイエンス学科) より解説文を寄稿していただきました。
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by kimfang | 2002-05-17 14:15 | 出版物
スナメリの生物学
スナメリの生物学(せいぶつがく)  帝京(ていきょう)科学(かがく)大学(だいがく)アニマルサイエンス学科(がっか) 粕谷(かすや)俊雄(としお)

 スナメリはクジラでしょうか? それともイルカでしょうか? 動物学的(どうぶつがくてき)にはクジラもイルカもクジラ(もく)というグループにふくまれます。クジラ(もく)はさらにハクジラ亜目(あもく)とヒゲクジラ亜目(あもく)()けられ、()わせて70-80(しゅ)()られています。そのなかで(からだ)(おお)きく雄大(ゆうだい)(しゅ)をクジラと()び、小さくてすばしこい(しゅ)をイルカと()習慣(しゅうかん)世界(せかい)国々(くにぐに)にあります。クジラとイルカの()(かた)は、動物学的(どうぶつがくてき)分類(ぶんるい)とは関係(かんけい)がなく、その境目(さかいめ)(おお)きさもあいまいで、コマッコウのようにどちらに()けるべきかよくわからない(しゅ)もあります。
 物語(ものがたり)登場(とうじょう)するスナメリは、ハクジラ亜目(あもく)ネズミイルカ()の1(しゅ)です。日本(にほん)()られるクジラ(もく)(なか)では1(ばん)(ちい)さく、世界中(せかいじゅう)でも(ちい)さい(ほう)から1-2(ばん)(おお)きさです。おとなのスナメリは体長(たいちょう)1.5-1.8m、体重(たいじゅう)60kg、(ひと)ほどの(おお)きさです。()ビレがなく、全身(ぜんしん)灰色(はいいろ)(あたま)がまるく、かわいい(かお)をしています。(あたま)のてっぺんに(はな)(あな)がひとつあり、ヒフの(した)左右(さゆう)()かれてのどに()かっています。()(うし)ろにエンピツの(さき)()いたような(ちい)さなくぼみがありますが、これが(みみ)(あな)です。 (くち)には(ちい)さな()上下(じょうげ)左右(さゆう)15-20(ぽん)はえています。
その分布(ぶんぷ)は、西(にし)はペルシャ(わん)からインド・東南(とうなん)アジア・黄海(こうかい)をへて、日本(にほん)仙台湾(せんだいわん)山陰(さんいん)沿岸(えんがん)にまで(ひろ)がっています。本来(ほんらい)(あたた)かくて50mより(あさ)(うみ)(この)むのですが、(きた)仲間(なかま)(さむ)さにも適応(てきおう)して、(ふゆ)水温(すいおん)が5℃以下(いか)にさがる黄海(こうかい)日本(にほん)近海(きんかい)にも生活(せいかつ)するようになりました。また、中国(ちゅうごく)揚子江(ようすこう)では河口(かこう)から2000km上流(じょうりゅう)にまで分布(ぶんぷ)(ひろ)げ、一生(いっしょう)をそこで()ごす仲間(なかま)もいます。5-6 (さい)大人(おとな)になると、2(ねん)に1()、1(とう)()どもを()みます。寿命(じゅみょう)は15-20(ねん)です。
 ところでスナメリは回遊(かいゆう)をしないので(とお)くの仲間(なかま)とあまり()がまざらないことから、産地(さんち)ごとの(ちが)いが()られています。日本(にほん)では九州(きゅうしゅう)西海岸(にしかいがん)大村湾(おおむらわん)有明海(ありあけかい)の2つのグループは(あき)()どもを()みますが、瀬戸内海(せとないかい)伊勢湾(いせわん)三河湾(みかわわん)東京湾(とうきょうわん)から仙台湾(せんだいわん)までの3つのグループは初夏(しょか)()どもを()みます。(あたま)(ほね)遺伝子(いでんし)にも産地(さんち)ごとに微妙(びみょう)特徴(とくちょう)があります。これらのグループを個体群(こたいぐん)()びますが、研究(けんきゅう)がすすめば日本(にほん)のスナメリに6番目(ばんめ)個体群(こたいぐん)()つかるかもしれません。
 それぞれの個体群(こたいぐん)安全(あんぜん)()きられよう(ねが)っていますが、現在(げんざい)わかっている生息数(せいそくすう)はさまざまで、大村湾(おおむらわん)個体群(こたいぐん)は500(とう)以下(いか)、その()個体群(こたいぐん)ではどれも数千頭(すうせんとう)といわれています。(わたし)は1976年、仲間(なかま)二人(ふたり)でフェリーボートを()りついで、瀬戸内海(せとないかい)のスナメリの分布(ぶんぷ)(かず)三年(さんねん)がかりで調(しら)べました。そのころの瀬戸内海(せとないかい)は、工場(こうじょう)はい(すい)下水(げすい)汚染(おせん)(すす)んでいて、漁師(りょうし)さんの(あみ)奇形(きけい)(さかな)がかかり新聞(しんぶん)話題(わだい)になったり、赤潮(あかしお)発生(はっせい)(さかな)()(こと)もしばしばありました。スナメリはその(うみ)小魚(こざかな)やエビ、イカなどを()べて生活(せいかつ)していましたので、きっと(わる)影響(えいきょう)がでるに(ちが)いない、(いま)のうちにかれらの生態(せいたい)()ておく必要(ひつよう)があると(かんが)えたのです。それでも当時(とうじ)は、4-5(がつ)になると瀬戸内海(せとないかい)のどこにも()まれたばかりで(くろ)っぽい(いろ)(あか)ちゃんスナメリがあらわれ、灰色(はいいろ)のお(かあ)さんと(およ)いでいるのが(あき)まで()られました。()どもは(ふゆ)までにはひとり()ちをするらしく、エサの()(まえ)をもらおうとして、カモメなどの海鳥(うみどり)がスナメリの(うえ)()っていました。
 ところが前回(ぜんかい)調査(ちょうさ)から23(ねん)がすぎた今回(こんかい)心配(しんぱい)していた(こと)現実(げんじつ)となってしまいました。1999(ねん)から2(ねん)をかけて(むかし)(おな)航路(こうろ)をとおって瀬戸内海(せとないかい)のスナメリを調(しら)べてみたところ、スナメリは、どこでも前回(ぜんかい)よりも(すく)なくなっていたのです。発見数(はっけんすう)周防灘(すおうなだ)では7-8(わり)でしたが、(ほか)(うみ)では1(わり)以下(いか)というおそろしい結果(けっか)でした。(むかし)から広島(ひろしま)県竹原(けんたけはら)(おき)にはスナメリが(おお)く、タイ()りの漁師(りょうし)さんに協力(きょうりょく)するといわれ、1930 (ねん)にその海面(かいめん)天然(てんねん)記念物(きねんぶつ)指定(してい)されました。ここは前回(ぜんかい)調査(ちょうさ)ではスナメリがいつもたくさん()られた場所(ばしょ)でしたが、今回(こんかい)調査(ちょうさ)では何度(なんど)おとずれても1(とう)()つからなかったのです。
 瀬戸内海(せとないかい)のスナメリはなぜへったのでしょうか? ()めたてや、砂利(じゃり)()ることで、スナメリのすみかがこわされてきたからです。漁師(りょうし)さんの(あみ)にかかって()事故(じこ)(すく)なくありません。それだけではなく、汚染(おせん)された(さかな)()べるので、体内(たいない)にDDT、PCB、有機(ゆうき)スズなどの(ひと)が作った毒物(どくぶつ)がたくさんたまってしまい、(よわ)(あか)ちゃんが()まれたり、寿命(じゅみょう)(みじか)くなってしまったことも原因(げんいん)でしょう。(わたし)はこれらのことが(かさ)なり()ってスナメリがへったと(かんが)えています。 
 残念(ざんねん)なことに、このようなことは瀬戸内海(せとないかい)のスナメリだけでなく、日本(にほん)国内(こくない)(べつ)個体群(こたいぐん)もおなじ危険(きけん)にさらされているのです。また、スナメリだけでなく、汚染(おせん)された(さかな)()べる人間(にんげん)にも(わる)影響(えいきょう)がでるかもしれません。
 スナメリを(まも)ることは人間(にんげん)(まも)ることにもつながっているのです。
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by kimfang | 2002-05-17 12:50 | 出版物