動物児童文学作家のキム・ファンです!!
<   2008年 08月 ( 2 )   > この月の画像一覧

08/8/18 韓国にトキがやってくる ②
  ウポるたーじゅ② トキ復元の夢

 ぼくたちは沼をあとにして、いよいよトキが収容される施設へと向かった。
沼から少し登った小高いところにその施設はあった。建物も基本的にはできている。あとは内装というところ。
  施設のそばには、ボランティアたちの力ですでにえさ場もできていた。
  工事は着実に進んでいるようだった。建設中の「トキ復元センター」のそばに環境学習の拠点である、「トキの学校」があった。
f0004331_10325356.jpg
f0004331_10332764.jpg

 そこには「時の人」ふたりが先に着いていて、ぼくたちの到着を待っていた。
 そう。そのふたりこそは、中国からのトキの譲渡を求める7万名の署名を集めた大学生チョン・ジュンソク君と高校生チャ・ヒョヌク君だった。

 その話に入る前に、韓国人のトキへの想いを語らなくてはいけないだろう。
 韓国の中老年世代なら、誰もが歌える童謡のひとつに『따오기』(トキ)がある。

  見えそうで 見えそうで 見えない
  タオ タオ タオ 鳴き声 物悲しい声
  死ねば いくところ どこに埋まるの
  お母さんが いかれた国 日が昇る国

  国を奪われた悲しみを「お母さんがいかれた国」(二番はお父さんがいかれた国)と表現したこの歌は「半月」、「故郷の春」などと共に韓国を代表する愛唱歌だ。
  この歌は児童文学作家、ハン・ジョンドン(韓晶東 1894-1976)が、32歳だった1925年に東亜日報の新春文芸に当選した代表作だ。
 この詩に、「半月」を作ったユン・クギョンが曲をつけた。

  トキはそのむかし、ロシアのウスリー地区や中国の東北部に棲みながら寒さを避けるためにやってきていた。
  天然記念物にも指定されたが、1979年に確認されたのを最後に、歌でしか会うことができない「幻の鳥」となってしまったのだ。

  話を元にもどそう。
  昨年11月、環境問題を多く扱うテレビ局-マサンmbcは「トキ復元の夢」というドキメンタリー番組を放送した。
番組のオープニング映像
  それを観ていたチョン君とチャ君のふたりは、日本の佐渡島の子どもたちが「トキをください」と署名運動する映像を観て強く心を動かされたという。
 「日本のように大金を準備することはできないけれど、ぼくたちは誠意を伝えたかった」
 ふたりは「ナリン」というインターネット子ども新聞の記者という立場をフル活用し、今年の2月から署名運動を展開。多くの友人に支えられながら、最終的に7万名(ネットで2万)の署名を集めた。
  その誠意は中国の高官に伝わり、ついには、5月のイ・ミョンバク大統領の訪中時に、中国は韓国へのトキ寄贈を約束したのだった。
f0004331_10434382.jpg
 彼らの話に聞き入っていたら、さらにドラマチックな話が出て驚いた。
 「実は、中国のトキに会いにいったその日、四川大地震に巻き込まれて」というではないか。
 彼らはその時の写真を見せながら話を続けた。
 ふたりは中国の研究資料をもらい、実際にトキと対面すべく、トキがいる中国陝西(せんせい)省、洋県を訪ねることになった。
 空港から車に乗り込み、ようやく到着。その直後、四川大地震が発生。「保護センター」のある陝西省も多きな被害がでた。
 もう、トキとの面会どころではなくない。中国当局の配慮で夜通し車で走って命からがら脱出。無事に韓国へ戻ってきたというのだ。
 まるでドラマを見ているような活躍で、ふたりは今や「時の人」だ。

 歌でしか知らない幻の鳥-トキ。
 そのトキを復活させようと長く地道に活動してきた地元の環境NGO。
 彼らの活動を応援しようと制作されたテレビのドキュメンタリー番組。
 その番組の中で佐渡島の子どもたちが署名運動をする姿に心を動かされた学生。
 劇的な署名活動を展開して、ついにトキを譲り受けることに。

 多くの人たちの熱い想いの、そのど真ん中にトキがいる。

f0004331_1143651.jpg
f0004331_1151083.jpg
 「トキの学校」では、多くの資料が展示してあった。その中にぼくの『황새(コウノトリ)』も置いてもらいたくて、出版社に送ってくれるよう頼んだところ、快諾。
 イ・インシク校長に本の執筆を頼んでいるところだという。
 
 ならば、ちゃんと展示されるだろう。確かめにいかなくっちゃ。
 
 また、ひとつ、「トキの学校」を訪れるたのしみが増えた。

 
[PR]

by kimfang | 2008-08-31 10:21 | 取材ノート
08/8/18 韓国にトキがやってくる!
  ウポるたーじゅ ①  どうして牛の浦?

 8月25日。北京オリンピックを無事?終えた胡錦濤主席が訪韓した。
 でも、韓中友好のシンボルとなるであろう따오기(トキ)はまだ来ていない。
 5月のイ・ミョンバク大統領の訪中時に、突然に決まったことだから韓国側の受け入れ態勢が整っていないのがその理由だという。
 どうやらトキの到着は、10月25日からのラムサール会議直前になりそうだ。トキがやってくる慶尚南道 昌寧(창녕 チャンニョン)郡の牛浦(우포 ウポ)沼とはいったいどのような湿地なのか? 8月18日、実際に現地に行って、見て聞いたことをウポ、いやっ、ルポする。

*       *       *       *       *       *       *     

 昌寧郡は慶尚南道でも北に位置する郡。大邱市の真下に位置し、西には洛東江が流れる。その洛東江や支流が頻繁に氾濫し、水が流れたり溜まったりしてできた湿原がまさに牛浦沼。韓国最大の自然湿地だ。
 ぼくと新聞記者のM氏は、韓国教員大学の鳥類博士、チョン・ソクカンさんの運転する車で、宿泊地の釜谷温泉から昌寧郡へと向かった。
f0004331_14431282.jpg
 車を走らせること一時間半。いよいよ牛浦に着いた! 
 そんな気分にさせてくれる大きな看板。
 でも、あれれっ? カタカナの「ウ」が「う」になっている。
 ま、でも、日本語を看板に入れてくれた「想い(後日触れたい)」は重く受け取った。(直した方がいいと、ちゃんと進言しました)

 駐車場で出迎えてくださったのは地元の環境NGOの代表で、「따오기 학교」(トキの学校)の「校長」であるイ・インシク先生(写真)とエコセンターの学芸員、チャン・ジドクさん。ふたりの案内で牛浦沼を回った。f0004331_14452554.jpg
 駐車場から沼への道のりはあっけないほどすぐだった。たったの470m。
 尾瀬や上高地のようにある程度歩いて行かないと思っていたので、少々拍子抜けした。
 こんなに交通の便がいいところに貴重な自然がそのまま残っていることがうれしくもあり、逆にトキやラムサールで知名度が上がることによって観光客がどっと訪れて壊れてしまわないかと心配にもなった。
 沼へと向かう短い坂道を降りながら、ぼくは一番気になっていた「どうして牛の浦と呼ばれるようになったのか?」という質問をいきなり校長先生にぶつけてみた。
 校長先生はその理由は沼に着けばすぐにわかると微笑んだ。しばらくして先生が沼の向こう側を指差した。緩やかな曲線の山が見える。
f0004331_1447234.jpg
 「どうです? 牛が足を折ってしゃがんで、水を飲んでいるように見えませんか? それで牛浦という地名がつきました」(みなさん、わかりますか?)
 事実、このあたりは한우(韓牛)の一大名産地。昼食はこれも名産の추어탕(ドジョウ汁)だったが、夕食は、焼肉の聖地で韓牛を思う存分堪能した。
f0004331_14481516.jpg 

 
 
 

 

  

 






 
 
 

 沼を一回りする途中、多くの子どもたちと出会った。
 「慶尚南道には628の小中高校がありますが、毎日2校ずつ、環境NGOと先生が力を合わせて環境学習をするようにしています。私たちの提案を、道の教育委員会が採用してくれたんですよ」と校長先生は胸を張った。
 ぼくも子どもになった気分で校長先生と学芸員の説明に聞き入った。
 そうして初めて知ったことがある。
 ガン(鳥 기러기)が好んで食べるヒシ(植物 마름)のことだ。日本では天然記念物に指定されているヒシクイ(韓国名 큰기러기)やオオヒシクイ(韓国名 큰부리큰기러기 )。
 その名の「ヒシクイ」というのは、ヒシの実を食べる「ヒシ食い」からついた名前だと気づいたのである。 (左 ヒシのアップ、 右 ヒシの実、 下 ヒシの群落)
f0004331_1514192.jpg
f0004331_1514451.jpg

f0004331_842462.jpg
 校長先生はわざわざヒシを採取し、その実も見られるように事前に準備してくださっていた。
 「貧しかった頃は法事に栗を供えることができませんでした。代わりに栗の味に似たこの実を煮たものを供えたのです。だからこの実を물밤(ムルパム ムルは水でパムは栗)と呼びます」
 
 この日、ぼくたちは물밤を食べることはできんなかったが、いつか、ヒシクイになった気分で食べてみたいと思った。
 
 ウボ紹介サイト
[PR]

by kimfang | 2008-08-28 14:43 | 取材ノート