動物児童文学作家のキム・ファンです!!
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2008/9/25 はらはらトキトキ
  トキの放鳥式典に参加するため、9月24日、佐渡へと向かった。
 ぼくに与えられた任務は、来日する韓国訪問団を、その日のうちに佐渡へ連れていくこと。
 
 彼らは日本に来るのが初めて。日本語もできないし、子ども3人に女性ひとりというやっかいな構成。しかも、ぼくも、佐渡へは一度もいったことがない。
 
 さらにこの任務には、とんでもない「時限爆弾」がついていた。
 新潟港から乗る船はその日の最終便になってしまう。もしも乗り遅れると佐渡島へは渡れない。そうなると、夜のレセプションに参加できないばかりか、宿探しまでしなくてはいけないことになってしまうのだ。

 仮にノーミスで旅程をこなしても、時間の余裕は10分がいいところ。まさに「時限爆弾」を背負った旅行だった。

新聞社は「大丈夫でしょうか?」聞いてきたが、「あかん」とはいえない。そう。ぼくの旅行代金は新聞社持ち。断るわけにはいかない。

 果たして無事に佐渡へたどり着けたのか?
 当日のはらはらドキドキに、しばしお付き合いを願いたい。

 12:30 一行到着。(彼らは早朝6時に家を出たという。)
 13:10 関空からバスで伊丹空港へ。
 14:30 必要な荷物だけ出して、他はロッカーへ入れた。「作戦」どおり、順調だ。

 記者さん(佐渡で待っている)とぼくが考えた「作戦」が、 このロッカー。大きな荷物をちんたら転がしていたら時間がなくなる。それは妙案と得意になっていた。

 15:00 飛行機出発30分前にボディチェック。
 荷物の審査を無事通過っと思ったら、伊丹空港の検査官に呼び止められた。
 旅行バックを開いてくれという。通訳すると、わかったとカギを探しはじめた。
 が、カギがない。
 代表者の女性は手持ちのハントバックの中身を全部出すも、旅行バックのカギが見当たらない。

 えっ?  カギはロッカーに入れた荷物の中だって・・・
 アイゴー! 「作戦」は見事に裏目に出てしまったのだ。
 
 時計を見ると出発まで、あと10分。女性はロッカーへ走り、ぼくは必死に搭乗口へ走った。その搭乗口が皮肉にも一番奥でヘロヘロ。
 出発せずに待ってくれと頼み、また、検査口へ。ゼーゼー。

 15:25 どうにか搭乗口に入るも、今度は、訪問団がひとつにまとめた旅行バックが大きすぎて、機内に持ち込めないというではないか! 

 飛行機が新潟空港に着くのは16:30。そこからタクシーで移動し、何としても、17:10の船に乗らなくてはいけない。
 もしも貨物室への預かり荷物となれば、荷物が出てくるまで動けない。つまり、船に乗れなくなってしまう可能性がある。

 あかん、あかん、絶対に機内に持ちこまへんと!
 ぼくは、その旨を職員に力説したが、まったく取り合ってくれない。
 でも、こちらも引けない。
 上司がやって来て、また、抗論。導き出された折衷案は、貨物室へ乗せるが、一番最初に出すというものだった。
 
 16:30 飛行機は予定通り新潟空港へ着くも、やはり、荷物が出てこない。一番に出てきたが、すでに16:45。あと25分しかない。

 17:05 タクシーが新潟港の佐渡汽船の乗り場へ滑り込む。
 階段を駆け上がって切符を購入。そのとき、ちょうど乗船開始。

 17:10 座ると同時に佐渡へ向けて船は出た。
 18:15 「無事?」佐渡鹿島へ到着。

 ほんま、ハラハラ朱鷺朱鷺の一日だった。あ~しんど~

 けれども、あくる日、トキが大空へ帰るのを見ると、疲れも空へ飛んでいった。

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by kimfang | 2008-09-25 21:49 | 取材ノート
2008/8/18 韓国にトキがやってくる ③
    ウポるたーじゅ ③ 方言おそるべし

 今回の取材で一番苦労したのは、他でもなく、ことば。
 
 ― 何をいってるの? あなた通訳で行ったんでしょ。
 
 そう突っ込まれそうだが、いやぁあ、本場のど田舎の方言は想像を遥かに超えるほど難解だった。
 トキ学校のイ・インシク校長先生はわかりやすい共通語(標準語という表現はあまり好かない)で話してくれたが、地元の人は「ふだんのことば」で話してくる。
 一番、困ったのはレンジャーのおじさん。
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 誰よりも朝早く来て、夜遅くまで密猟者を見張る、それはそれは地元でもとても有名なおじさんで、一生懸命にぼくたちを案内してくださった。

 「沼の中まで案内してあげるよ」、と船に乗せてくれて、小さな体を一杯に使って竿を押しては、船を進めてくれた。

 ところがだ。おじさんは「ふだんのことば」である方言で、しかもとても早口で話すから、何をいっているのか? まったくわからない。
 
 それは「학교」が「핵교 」になるなんていう、初歩的なものではない。名詞も動詞も形容詞も助詞も、みんな、韓国語に聞こえない。知っている単語がほとんどないくらいに難解だった。
 それでも、おじさんは、一生懸命に話す。
 日本の記者さんに伝えたい想いを、このまま無碍にはできない。要点だけでも伝えないと悪い。

 たまらず、「今、何ておっしゃったのかなぁ?」と、
 同行してくださったチョン博士に、小さな声で、もちろん日本語でたずねてみた。
 博士は豊岡市の「コウノトリの郷公園」に留学経験があり、日本語が達者だ。
 すると、
 「何をいっているのか、わたしも、ぜんぜんわからない」と、
 日本語で返しきた。

 おおっ! 韓国で生まれ育ったネイティブの人がわからないのに、日本生まれの在日がわかるはずもない。ほっと胸をなでおろしたものの、今までにも増して、レンジャーのおじさんのことばを伝えてあげたい気持ちになってしまった。

 そんなやり取りを見ていた校長先生が、共通語で補足してくださったので何とか、要点だけでも記者さんに伝えることができた。

 あ゛~それにしても、慶尚南道の方言はエグかった。
 10月のラムサールでは、全羅南道の順天(スンチョン)湿地で通訳をしなくてはいけないらしい。

 絶対、勤まらへんでぇ・・・
 たのむわ、共通語で話してやぁ!
 方言の良さがなくならない程度に ^^;
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by kimfang | 2008-09-02 15:41 | 取材ノート