動物児童文学作家のキム・ファンです!!
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ラムサール報告⑤ 通訳より重い重荷
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 どんな仕事でも、最初の仕事は緊張するもの。
 しかも今回の最初の仕事は、郡守や市長ではなく、慶尚南道知事との会談の通訳だった。緊張しない方がおかしい。
 待合室で待たされている間に、同行した「慶尚南道ラムサール財団」の幹部から「金台鎬知事は41歳の最年少で道知事になった現在47歳の方。慶尚南道から中央へ出て大統領になる方が多いから、次期大統領候補の呼び声もある人物です」と紹介された。

 確かに、チョン・ドゥファン、キム・ヨンサン、ロ・ムヒョンの三大統領が慶尚南道出身。
 慶尚北道出身のパク・チョンヒ、大邱出身のロ・テウ、大阪で生まれたが慶尚北道に帰った現イ・ミョンバク大統領まで入れると、建国以来8人の大統領のなかで実に6人が慶尚南北道から出ている。

 慶尚南道知事から中央政界。そして大統領というのも十分に納得がいく。
 (慶尚南道は韓国の中心ですというスローガンをバックに。左が知事、右が豊岡市長)

 ただでさえ最初の仕事で緊張するところに、「次期大統領候補」との会談だ。テレビや新聞、多くのマスコミもこの会談を取材することになった。(聯合ニュースの記事はここをクリック)
 ぼくでは荷が重いと思ったが、道でも通訳を雇っていたので、ふたりで補完しながらの通訳となって肩の荷が下りてほっとした。
 会談は終始和やかな雰囲気でおこなわれ無事に終了。
 そして知事さんから頂いたお土産が写真の「トキの額」だった。
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 これが結構重い。
 何度もいうが、知事との会談は最初の仕事。この重い額を韓国滞在期間中常に持ち歩き、しかも傷つけずに日本まで持って帰らなくてはいけないのだ。
 もしかすると大統領になるかも知れないお方からのお土産だ。何としてもちゃんと豊岡に持って帰らねば…ふう。
 それを思うと気が重かった。荷が重かったのは通訳でなくお土産(笑)。
 もう重いお土産は、どうかご勘弁を! 心の中で念じていた。
 しかし世の中とは薄情なもので、そんなことを思いながら仕事をすると、次々と輪をかけたようなに重いお土産が重なっていく。
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 昌寧郡守さんとの会談では「トキの絵皿」が…とほほ。

 鎮海市長さんは、陶器でできたカップが…しかも、ペアで…あうっ。

 さらに地元の特産品だということで、黒もち米を追加でくださった…1kg、がっびーん。
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 ところが、全日程を終えて家族のお土産を買おうと立ち寄ったプサンのロッテ百貨店で、깻잎(えごまの葉)の缶詰を見つけてしまったのだ。

 何度も韓国にきているが、こんな面白い代物は初めてだ。持って帰って友達に見せびらかしたいし、配りたい。

 しかし…缶詰は…重い…

 散々悩んだが、やはり買ってしまった。
 しかも大量に。
 旅行バックの中身は重くて割れそうなものばかり。
 重い額を豊岡市職員とふたりで持ちながらの帰国。
 へとへとになった。

 もう重い荷物はもうこりごりだが、いい「重いで」になった。
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by kimfang | 2008-11-24 18:15 | 取材ノート
ラムサール報告④ 朝鮮半島最後のトキ
 ラムサール会議では、いくつかの「サイドイベント」が同時に進行された。
 そのなかに国際ツル財団主催のサイドイベントがあった。財団の創設者で理事長であるG・W・アーチボルト博士がここにいる。しかもテーマはDMZ(非武装地帯)のツル。足はこの会議室の前で止まったが、運悪く市長さんの講演と重なってしまった。泣く泣くツル財団のサイドイベント出席を諦めた。写真は、韓国最後の一羽を伝える中央日報の記事
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 ぼくがツル財団のサイドイベントに強くひかれたのは、まさにDMZ(非武装地帯)を題材にした原稿を依頼されているから。なのに、まったく未だにひらめいていない。何でもいいからヒントが欲しかった。
 それだけではない。アーチボルト博士から、朝鮮半島最後のトキの話が聞けないかと期待したからだ。
 そう。アーチボルト博士は、言わずと知れた朝鮮半島最後のトキの目撃者なのである。

1974年の12月7日だった。
 毎年、DMZ(非武装地帯)のツルを調査しに韓国を訪れていた博士は、偶然にも2羽のトキを発見。12月10日には4羽のトキを発見した。
 3年後の77年、同じ場所を訪れた博士は、つがいのトキを発見。このトキをイギリスの動物園で飼育し、人工繁殖をすることを計画した。
 各方面に了解を得てから1978年秋に訪れると、トキは1羽になってしまっていた。

 1羽ではどうしょうもない。ならば日本の佐渡島へ連れて行き、キン(日本最後のトキ)とつがいにしようと考えたのだ。そして1978年の12月から1979年の3月まで、生け捕りを試みるも、ついに捕獲はならなかった。

 博士が次の年にその場を訪れたが、もうそこにトキはいなかった。それ以来、朝鮮半島でトキの確認はない。つまり、アーチボルト博士が生け捕りにしようとしたトキこそが、朝鮮半島最後のトキなのである。

 日本に帰ってから、アーチボルト博士が、朝鮮半島最後のトキの写真をラムサール会議で初めて公開したことを知った。(記事はここをクリック。ただしハングル)全55枚の写真のうち、10枚がマスコミを通じて公開された。
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 たいへん貴重な資料である。
 なぜならば韓国には、そのむかしトキが半島でどのように暮らしていたかの記録がほとんど残っていないからだ。
 日本には43体(2002年現在)ものトキのはく製が残っている(このうち13体が日植時代に朝鮮半島で採取されたもの)が、韓国には、数体のはく製しか残っていない。
 留鳥だったのか? 渡り鳥だったのか? それですら結論がでていないのだ。
 アーチボルト博士の写真と証言は、半島のトキの暮らしを解明するのに大きなヒントになることだろう。

ウポ沼・エコセンターで展示されているトキのはく製。募金箱に入ったお金の多さに、トキ復活への熱い想いが伝わる。
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by kimfang | 2008-11-18 22:17 | 取材ノート
ラムサール報告③ 働けど働けど・・・最悪の交換率
f0004331_16515592.jpg 今回のラムサール会議に参加して、とてもうれしかったことがある。
 ラムサール会議を誘致し、大会の運営を担った「慶尚南道ラムサール環境財団」より、トキの児童書(低学年向け)執筆の依頼を受けたことだ。
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 惜しくもすでにほかの出版社との間でトキ絵本(こちらも低学年向け)の契約交渉が進んでいる。正直に打ち明けて理解してもらった。
 韓国には多くの児童文学作家がいる。財団には優秀な博士も名を連ねている。それなのに声をかけていただいたことは、この上なく光栄なこと。うれしかった。
 近年韓国では、ノンフィクションの需要が高まっている。なのに、児童文学作家で書ける人は少なく、特に、生きものの話を書ける人はあまりいない。
 ぼくが選ばれたというよりは、消去法で残ったなかのひとりが、たまたまぼくだったのだろう。
それでも自分に話がきたことは、たいへんな自信となった。これからも仕事が増えるだろうと。

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 ところがだ。それが皮肉にも、のっぴきならない事態に陥っている。ほかでもない。お金の話だ。韓国の出版社は日本の出版社よりもよい条件で印税をくれている。それなのに、韓国からの仕事をすればするほど、お金が目減りしていくのである。
 いったいどういうことか? ずばり、そのカラクリは、ウォンと円の交換率だ。
 今回の世界的な金融危機によって、もっとも価値が下がった通貨のひとつが韓国のウォンで、反対に一番の価値が上がったのが日本の円。そのギャップが問題なのだ。

 例えば、契約が成立。契約金が支払われるとしよう。韓国の児童文学の相場は、だいたいが100万ウォン。昨年の今頃はウォン高で、これが14万円になった。
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 しかし今はどうだ。100万ウォンは7万2千円。(10末の時点で)一年で半減してしまったのである。
 契約金は当然、原稿を書き上げて契約が成立してから支払われる。実は、ウォン高のときに取った仕事がずいぶんとある。これから順次書きあげて契約成立となるが・・・とほほ・・・ウォンの急落で半額だぁ。(涙)

 でも、ぼくよりものっぴきならないのが留学生たちの親たちだろう。同じ額の仕送りを日本にするも、これまでの倍のお金(ウォン)を送らなくてはいけないからだ。

 みなさん、韓国は今、たいへんお得ですよ! たくさん円を持って旅行に行きましょう!

 あ~ せめて1万ウォン=1千円でいいから、早く回復して! 頼むわ。
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by kimfang | 2008-11-14 16:50 | 取材ノート
ラムサール報告② 方言の「逆輸入」
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 今回の仕事で一番の心配は、以前にも書いたが方言だった。
 しかし、知事さんも郡守さんも標準語(共通語)で話してくださったし、懇談の内容が「コウノトリの野生復帰と経済効果」とよく知っている話題に絞られたので無難に仕事をこなすことができた。
 一度だけ、地元の代表の方が、学生のことを「학생」といわずに「학싱」といったので難儀したが・・・ ^^)
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 今回、方言で、とっても意外なことを知ることになった。
 ウポ沼を見学したとき、ぼくたち一行は地元の郷土料理のもてなしを受けた。
 いろんな料理が並んだが、ぼくは蓮根麺(연근국수)が一番印象に残った。何でも蓮の種を粉にして打った麺だとか。ウポ沼のあたりは蓮の栽培が盛んで名物のひとつになっていた。

 食事を終えて車で移動したおりに、専用車のガイドさんと出された料理の話で盛り上がった。 豊岡市長さんがカボチャのチヂミを特に気に入って食べられていたことから、
 「やはり、애호박(写真下。未熟のカボチャ。大きく育ったのより、こちらを料理に使う方がはるかに多い)を使ったチヂミは違うねぇ」と、専用車のガイドさんにいうと、面白い話をしてくれた。
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 ガイドさんがいうに、「チヂミ」は慶尚南道あたりの方言で、「전」とか、「부침개」というのが標準語。若い人たちは、もう、知らない人も多かったという。
 ところが、日本人観光客が「チヂミ」というので言葉が復活。今では、ソウルでも通じるようになったというではないか。

 話し込むうちに、「チョレギ」も慶尚南道あたりの方言が日本から「逆輸入」された言葉だと知った。今では韓国料理店で「チョレギサラダ」は定番になりつつある。焼肉のタレで有名なエバラ食品が「韓国風チョレギ(塩味) サラダの素」を発売している。

 さて、そのチョレギはというと、標準語で「겉절이」というらしい。「겉」とは、「うわべだけの」という意味。「절이」は「漬物とか、漬け」。すなわち直訳すると「浅漬け」となる。こちらもソウルでも通じる言葉になりつつあるという。

 ふーん。
 恥ずかしながら「チヂミ」と「チョレギ」が方言だと、はじめて知った旅だった。
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by kimfang | 2008-11-11 22:37 | 取材ノート
08/10/29-11/2 ラムサール報告 ① 潜入! トキ飼育施設
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 ラムサール会議に 무탈하게 (無事に)行って帰ってきたといいたいところだが、ははは、それがついものように탈(事故・変事)だらけ。ラムサール会議の話はあとにして、こぼれ話からはじめよう。

 今回の訪韓は豊岡市長の通訳兼ガイドとしての仕事。中貝宗治市長さんと、市職員の宮垣さんとぼくの三人の訪問団。市長さんの二度の講演と、二か所の表敬訪問が組まれていた。 

 しかし、ぼくの狙いは何といっても非公開のトキ飼育施設に「潜入」することだった。中国から韓国へやってきた「国賓」のトキは、すでに10月17日にお着きだ。
 そのトキを、専用機をチャーターしてもらってきたのが、慶尚南道の金台鎬知事と昌寧郡の金忠植郡守。この二人と豊岡市長の会談が組まれていたので、もしかするとトキとの対面が実現するのでは?と大いに期待していた。
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 実は、韓国に渡る前に、すでにトキの絵本の原稿を出版社に送っている。今、韓国中が注目しているトキと会ったとなれば、それは契約の強い追い風になること間違いなし。
 トキが飼育されているのは昌寧郡。郡守と市長さんの会談は31日だ。ぼくは祈るような気持ちで、その「トキ」を待った。

 いよいよその日がきた。会談(左上/右から二人目が市長。左から二人目が郡守)を無事に終えたぼくたちは、ラムサールに登録されているウポ湿地を見学した。
 8月に行ったときときとは、まるで違う景色。鳥の種類と、数が、けた違いだった。ゆっくり観察したい。なのに、見学時間はあまりにも短かった。
 前日、突然に決まった鎮海市長との会談のせいで、滞在時間が大幅に削られたのだ。
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 せかされるように車に乗り込む頃には、もうトキには会えないだろうと諦めていた。
 ところが車は、ワゴンが一台しか入れないくらいの狭くてきつい坂道を登りだした。もちろん、舗装などされていない。
 すぐに「立入り禁止」と書かれた札がかかったゲートの前についた。
 何と、トキ飼育施設を見せてくれるというではないか! 
 ついに念願の、「トキ復元センター」にやってきたのだ。
 「国賓」のトキだから、直接見ることなんて、とってもじゃないができない。モニター越しで見るだけでも、とんでもなくすごいことだ。センターの職員に「日本人は来たことがあるの?」と、たずねると「ないです」という。
 市長は「そうですかぁ、日本人初は光栄だな。宮垣君、君は日本人で二番目だ」と笑った。
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 「じゃあ、ぼくは在日初ですね。せまっ!」と、返してから続けた。「と、いってもこんなところにやってくる在日なんて、これから先、誰もいないでしょ」

 しかしそこで、イザコザが始まった。
 同行していたmbcテレビが、トキが映ったモニターを撮ろうとして、センター職員とトラブルになったのだ。
 職員はやめろというが、テレビ局も引かない。「これくらいいいだろう」、「いやっ、規約だからダメだ」の押し問答の最中に、市長さんが携帯でカシャッ。画像を撮ってしまった。
 おおっ!
 みんな、あっけに取られた。
 が、言葉がわからないのでどうしようもない。
 念のために聞くと、報道規制(どこかに先に許可するとえこひいきになる)が問題だから市長さんは大丈夫という。
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 ならばぼくも! 
 と、カメラを取りだそうとしたら、テレビ局が市長のインタビューを撮りたいので早く来てくれというではないか・・・こんな、チャンスに・・・あ゛・・・
 結局、ぼくはトキの写真を撮れなかったのだ。とほほほ。

 次の訪問地、鎮海市へと向かう車の中で、市長さんから赤外線で映像をもらっていると、宮垣さんが耳元でささやいた。
 「ぼく、市長のインタビューの間にちゃんとカメラに収めました。あげますよ。日本に帰ったら送ります」
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 それが、この写真。
 もちろん、出版社にも、この写真を送った。どゃっ!
 果たして、絵本契約の決め手となったのやら・・・
 スランプ脱出はトキにかかっている。
                         中国からきやってきたトキ飼育員と。
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by kimfang | 2008-11-07 21:04 | 取材ノート