動物児童文学作家のキム・ファンです!!
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10/10/23 『コウノトリ』が連れてきた『トキ』
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 鳥の縁とは不思議なものだ。
ぼくはトキを過剰意識しながら、コウノトリと接してきた。
 コウノトリがトキに負けないようにと応援してきたのに、今ではすっかりトキの応援団にもなってしまった。

 ぼくがコウノトリを知った1999年、当時、学名が「Nipponia nippon」のトキは、とても注目を浴びていた。人工繁殖も、自然復帰への計画も、コウノトリの方がずっとずっと進んでいたのに、マスコミはトキばかり扱った。

 「Nippon人」でないことで生きづらさを感じていたぼくは、自然とコウノトリ応援団となった。トキは学名のせいでホント、得をしている。何もないコウノトリのために何かできないものか。そんな思いから絵本をだし、韓国でも豊岡の挑戦を本にした。

 ところが、コウノトリの仕事をすればするほど、トキに係わるようになっていく。
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 トキを手に入れたい韓国の学者と日本のトキ関係者との間をとりもったこともあった。
 韓国が中国からトキを譲り受けると、日本の大手新聞社から仕事がきた。
 「トキをくださいと大がかりな署名運動を展開した韓国の学生たちにインタビューできるようにしてください」と。
 08年9月、トキを自然に帰す「放鳥式典」に参加するために訪日した韓国の子どもたちを、はるばる佐渡島まで連れていったのも、他でもなくぼくだ。
 コウノトリとともに歩む豊岡市の市長さんの通訳として、韓国で開催されたラムサール会議にいくと、韓国自慢のトキ飼育施設へと案内された。

 すると驚くことに、トキの絵本執筆を韓国から依頼された。

 「これまで韓国には、トキがいませんでした。まだ、公開もされていないので、誰もトキを見たことがないのです。トキの絵本は、あなたしか書けません」

 事実、日本では佐渡にいけば本物のトキを見ることができるし(今では多摩動物公園でも見られる)、テレビでも幾度となくトキの番組やニュースが流れた。
 しかし韓国では、1979年に非武装地帯で外国人研究者が目撃したのを最後に、誰もトキと会っていないのだ。

 トキがどんな鳥なのか、みんな知らない。残されたトキの記録も極めて少ない。はく製も数体しか残っていない。
 けれども童謡『トキ』はみんなが知っている。それほど身近な鳥だったのに…

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 そこで絵本は、国際保護鳥になったトキが日本でどのように守られ、中国がどのように奇跡的に探しだして増やしたのかという話にした。

 そしていつの日か、私たちも、日本や中国のようにトキを自然に帰そうと訴えた。

 タイトルは『따오기야 돌아와! トキよ、帰っておいで!』
(左は表紙の見本。まだ、決定ではない)

書き上げてから2年―ようやく来月中旬に発売される運びとなった。

 『トキ』の仕事は、コウノトリがみんな連れてきてくれた。
コウノトリはトキをライバルだなんて思ってないんだよな。
 コウノトリもトキも、まちがいなく東アジアの鳥。

 学名なんていう「小さな檻」に入れてはいけない鳥なのだ。
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by kimfang | 2010-10-23 15:28
10/10/14 「第4回コウノトリ未来・国際かいぎ」開かれる
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 コウノトリとは長い長~い付き合いだ。
 2000年11月に初めて豊岡へ取材にいったときには、まだ放鳥もされていなかった。
 展示用コウノトリが数羽いるだけ。日本中がトキの話題で持ち切りだった。

 取材したコウノトリ関係者に「どうして野生復帰なんて、とんでもなくすごいことをしているのに、コウノトリはメジャーじゃないの?」と質問してしまった。(ホント、ごめんなさい)
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 「ならばコウノトリをメジャーにしてください」と絵本の執筆を依頼され、2003年11月に『くちばしのおれたコウノトリ』を出した。

 絵本を販売するために訪れた2003年の「コウノトリ国際フォーラム」で、韓国のコウノトリの父―パク・シリョン教授と出会い、2004年に初めて韓国を訪れた。
 そして世界で初めて人里で野生動物を自然に帰した、2005年9月の「コウノトリ放鳥式典」では、韓国代表団の通訳を務めたのだった。

 2007年4月に、5年に渡る取材をまとめた『コウノトリ』を韓国で出した。
 この本はぼくの韓国初の本であると同時に、自身初のノンフィクション児童文学となった。
 ありがたくも、2007年、韓国刊行物倫理委員会の「6月の本」、韓国文化観光部の「推薦教養図書」。
 2008年、国立オリニ・青少年図書館「夏の読書感想文選定図書」、小学校5‐6年向け「朝の読書用推薦図書」となった。
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 豊岡市のコウノトリ野生復帰プロジェクトはこの本の力もあって韓国に広く知られるようになった。韓国で豊岡市長は、「コウノトリ市長」と呼ばれるまでに。
 だから2008年11月に韓国で開催されたラムサール会議では、豊岡市から通訳の依頼を受けて訪韓した。
 そして今回の2010年の会議。また、豊岡市から韓国代表団の通訳を依頼された。
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  2010年10月29日 「市民かいぎ」
  30-31日 「第4回コウノトリ未来・国際かいぎ」
詳しくは、ここをクリック! 


 さらにその先にあるのは、
 来年、2011年、韓国のコウノトリの野生復帰施設建設!
 そして、2013年の放鳥だ! 
 
 その放鳥式典、また通訳の仕事がくればうれしいなぁ。
 まだまだ長い付き合いだね。コウノトリ君!
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by kimfang | 2010-10-14 08:39
10/10/10 大統領たちのトラ
 昨日の「自由大学」での講演では、歴代韓国大統領たちのトラを巡るドロドロした戦いの話が好評だった。
 より多くの人たちに朝鮮半島のトラのことを知ってもらいたく、『高麗美術館 №85 2010.1.1 新春号』に特別寄稿した文を公開します。

 

        大統領たちのトラ


                                     児童文学・絵本 作家
                                          キム・ファン

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 トラを制する者は国を制する―。
 朝鮮半島の為政者たちは太古から現代まで、みな、国を制するためにトラを制そうとやっきになってきた。
 朝鮮半島は「ウサギの形」だと日本の人はいうが、半島の人たちは「トラの形」だといって譲らない。今は腰の辺りを痛めているが、白頭山から智異山に連なる山脈-白頭大幹は、正しくトラの骨格なのである。
 そのトラを制そうと、檀君も、朱蒙王も、世宗王も、総督府も、全斗煥大統領も、金大中大統領も奔走した。近代史の中に特筆すべき「大統領たちのトラ」を、紙数が許す範囲で紹介したいと思う。
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 その前に、そもそも朝鮮半島のトラ、チョウセントラとはどういうトラなのか? 
トラは棲んでいるところによって北から、アムールトラ、アモイトラ、ベンガルトラ、マレートラ、スマトラトラのなどの亜種に分けられる。一番からだの大きなトラがアムールトラで、ロシアに棲むものをシベリアトラ、中国に棲むのは東北トラ、そして朝鮮半島に棲むものがチョウセントラ、とそれぞれに呼んでいる。 
 野生のアムールトラは350~400頭、チョウセントラに至ってはほとんど絶滅状態(10頭以下)。世界中の野生のトラを全部集めても、3,400~5,100頭しか残っていないのが現状なのである。

 ところで、南ではトラのことを「호랑이 ホランイ」と呼び、北では「범 ポム」と呼んでいる。北では「범」も「호랑이」も通じるが、南では「범」はもう死語に近い。若い子はまったく知らない。本来の固有語は「범」なのに、である。
 そう、「호랑이」は漢字からきた言葉だ。長らく、日本の統治時代に総督府が「虎(호)と狼(랑)を全て殺せ!」と命じた時にできた造語だと考えられてきた。事実、総督府は大々的な駆除作戦を展開し、半島のトラとオオカミを絶滅へと追いやった。
 総督府が作成した資料だけでも、トラは97頭、オオカミは何と1,396頭駆除したとある。
 しかし、韓国教員大学大学院の金東珍氏の論文「朝鮮前期 捕虎政策研究」によると、既に『朝鮮王朝実録』に「虎狼」、つまり「호랑이」という表現が出ているという。日統時代の造語ではなかったのだ。
 
 この論文には、「近年、私たちに民族の力と勇猛の象徴として親しまれているトラだが、朝鮮王朝前期を生きた人たちにとって、果たして同じ意味を持ち得たのか疑心である」という例が数多く紹介されている。名君として名高い世宗王も、やっかいなトラの対策に奔走し、トラを制することで国を制したことは容易に想像できる。

 さて、1944年を最後にトラがいなくなった南の大統領たちも、トラで国を制そうと奔走した。
長期政権を維持した朴正熙大統領は北のピョンヤン中央動物園を過剰意識して、ばかでかいソウル大公園の建設を命じたが、ついに念願のチョウセントラは収容できなかった。

 3S(スポーツ、スクリーン、セックス)政策で国民を「順化」させようとした全斗煥大統領は、ソウルオリンピック(88年)の誘致に成功するや、トラをマスコットに決めた。しかしこのままではトラがいる北を称えることになってしまう。国を挙げてチョウセントラ確保に乗り出す。
 やがて日統時代に生け捕りにされてアメリカに輸出されたチョウセントラがいることを突き止め、その子孫を「逆輸入」した。それがソウルオリンピックのマスコット―「ホドリ」だった。
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 初の文民大統領となった金泳三大統領も、チョウセントラ獲得にこだわった。
 92年の中国との国交正常化のあと94年に訪中した大統領は、江澤民主席から東北トラ(大金を積んで譲ってもらったという噂がある)を贈られる。先にも述べたが、中国に棲むアムールトラは東北トラと呼ばれているが、チョウセントラと同じ種類だ。
 しかし、国民は中国からきたトラに納得しなかった。何故なら93年に北が、京都市動物園に「リョンソン」と「ポンファ」を贈ったからだ。
 『あのトラこそが本物のチョウセントラさ。江澤民がくれたのは我々のトラじゃない』と。
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 北からやってきた元野生のランリム。 
 
 金大中大統領は、永遠のライバル金泳三大統領との違いをハッキリと国民に見せつけたかった。「太陽政策」を推進した99年、「南北動物交換」が初めて実現。喉から手が出るほど欲しかったチョウセントラ、「ランリム」が北からやってきた。
 「ランリム」は、生まれて間もない頃に慈江道狼林郡で発見された雌トラ。トラ捕獲の報告を受けた金日成主席がたいそう喜んだ、正真正銘の野生のチョウセントラだったのだ。
 ついに金大中大統領は、南で絶滅したチョウセントラ(これも、かなりの大金を積んで譲ってもらったという噂がある)を手に入れた初の大統領となったのである。

 「ランリム」と一緒にやってきた雄の「ライル」は、「ホドリ」の娘である「ホンア」とめでたくゴールイン。「ホンア」は2002年に「統一トラ」を産んだ。
 公募で選ばれたトラ兄妹の名前は、統一コリアを意味する「コア」と「リア」と名付けられたのだった。
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 ……しかし……

 現職の李明博大統領、そして金正日国防委員長からは、開発や核にこだわる話は聞こえてくるが、トラに執着する話はまったく聞こえてこない。
 
 翻ってそれは、民のトラに対する畏怖の薄れを意味しているのかも知れない。
 本当にもう、トラには国を制する力はなくなってしまったのだろうか? 
 
 トラの復権を願って止まない。
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by kimfang | 2010-10-10 10:28
10/10/2 来週9日、トラのむかしばなし講演
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 今年は寅年、だから必ずタイガースが優勝してくれると信じていたが…
 う~ん。ついに昨日、力尽きた。くやしいぃ。

 でも、「トラ年」には変わらない。
 と、いうことで、トラのお話をします。

 朝鮮半島に暮らす人たちにとって、トラはどのような存在なのか?
 トラのむかし話から見えてくるものをお話します。

 そして最後に、トラを巡る歴代韓国大統領たちのドロドロした戦いにも触れます。

 2010年10月9日 
 19~21時

 京都自由大学にて、「韓国トラの絵本から見えるもの」という演題で話します。
 詳しくはここをクリック!

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by kimfang | 2010-10-02 08:34 | トピックス