「ほっ」と。キャンペーン
動物児童文学作家のキム・ファンです!!
<   2010年 11月 ( 7 )   > この月の画像一覧

10/11/27 北海道のシロザケを守ろう!
f0004331_8344441.jpg 北海道の友人から、シロザケに関するメールがあった。
 転載歓迎とのこと。
 以下に。

 『産廃問題とワイルドサーモン』
 北海道の東側、流氷で有名なオホーツク海の町・紋別市元紋別を流れる豊丘川にシロザケが遡上している。
 その源流部に産業廃棄物処理場が建設中で、市民有志による豊丘川の緊急調査が11月21日に行われた。
 アイヌ協会紋別支部長で漁民の畠山さんは「モベツ川も支流の豊丘川も、紋別の川ではサケの孵化放流事業は行っていない」と証言。
 これはすでに絶滅したと思われていたワイルドサーモンの貴重な映像である。
(ワイルドサーモンとは、人が孵化させ放流したサケではない野生のサケのこと)
f0004331_8353458.jpg
 You Tubeにて公開中!

◆君はワイルドサーモンを知っているか

◆君はワイルドサーモンを知っているか パートⅡ 

◆モペッ・サンクチュアリ・ネットワーク
[PR]

by kimfang | 2010-11-27 14:23 | トピックス
10/11/20 トキの絵本、発売される
f0004331_2233446.jpg 無事に、トキの絵本『따오기야 돌아와! トキよ 帰っておいで!』が発売された。
 
 いつもなら、発売されて2週間くらいしないとインターネット書店にアップされないのだが、
 何と、今回は発売前日にすでにアップされていた。

 やったー! いよいよぼほくもそんな存在になったのか! 

 と思ったが、冷静に考えると新しくやってきた編集長は大手の「サムソン出版」から引き抜かれた超やり手。
 これくらいは簡単なことなのだろう。

 決して前任を悪くいうのではない。
 彼は、自らも絵本作家として大活躍することとなり、チーム長と作家業の「兼業」が難しいということで会社を去ったのだ。
 実務に専念している新しいチーム長としては、当然のことなのだろう。
f0004331_2234818.jpg 
 さてさて、前任が仕掛けた「生きものと共にシリーズ」はこの後も存続となるのか? 
 第5巻の『늑대 チヨウセンオオカミ』の発売は決まっているが、その後は白紙である。
 すべては、『トキ』の売り上げにかかっているといえよう。
 
 ところがこの本のライバルは、何といっても、いもとようこさんの絵本の韓国版。
『하늘을 날고 싶었던 따오기 トキのキンちゃん』
 訳した先生も大物。ほへ~強力! 

 韓国でトキの絵本はこの2冊のみ。がちんこ勝負。
 ギビシイィ~^^

 
 
[PR]

by kimfang | 2010-11-21 22:14 | トピックス
10/11/14 朝鮮シマリスの100年 <下>
 今日の韓国は著しい発展を遂げた。しかし1960年代には、世界の最貧国だった時代があったなんて、信じられないことだろう。
 その時代に、校長先生が学生たちを動員してシマリスを捕まえ、輸出中間業者に渡して得たお金で校内の備品をそろえたという辛い話も取材を通じて知った。

 ようやく輸出が禁止されて、やっと韓国のシマリスも幸せに暮らせる日がきたと思っていたが、取材をすればするほど、彼らを取り巻く環境が益々悪くなっていることを思い知らされた。

 例えば、ソウルから簡単にいける山として人気のある、북한산(北漢山)と관악산(冠岳山)には、秋になると次のような大きな横断幕が掲げられる。
f0004331_111529.jpg
 シマリスにドングリとクリを返してあげて! 
 ・クリ、ドングリは野生動物のエサです 
 ・人間の欲のせいで野生動物が減っています
 ・無断採取が見つかったときは、5万ウォンの罰金が科せられます

 韓国にはドングリの粉で作る「묵 ムク」という伝統料理があり、そのために登山客が大量に持ち帰ってしまうのだ。
 これでは彼らは冬が越せない。
 また、山のゴミを目当てに野良ネコが集まり、シマリスを襲っている。
(右下の写真は、관악산 冠岳山の登山口にいた野良ネコ)

 それだけではない。まるでどこかで見てきたのとまったく同じ光景が今、韓国で広がっているのである。
 そう。日本のようにペットブームが起こり、シマリスを飼う人が急増しているのだ。そして、中国から輸入される外来種のシマリスの問題が、今まさに起ころうとしているのである。
 ペットショップは、「許可を得て国内産を繁殖させて売っている」というが、密猟や、中国から蜜輸入されたシマリスが出回っているようだ。

 およそ100年前、日本には北海道に棲むエゾシマリスしかいなかったが、外国からペット用シマリスを長年に渡って輸入したことから、チョウセンシマリスもチュゴクシマリスも野生化し、北海道以外にもシマリスが棲むようになってしまった。
 エゾシマリスを守るためにも、競合と交雑のおそれのある外来シマリスの輸入を、今すぐ禁止すべきだとぼくは思うのだが、日本政府の考えは違うようだ。
f0004331_1054568.jpg
 2005年から施行された「外来生物法」では、他のリス類が輸入禁止となったのに対して、シマリスは対象外とされた。シマリスは問題になるほど定着していない。大丈夫という考えのようだ。

 しかし韓国は、日本のように悠長にしていられない事情がある。
 全国、どこにでもふつうにシマリスがいた国だ。北海道だけの問題では済まないのである。もしもチュウゴクシマリスが逃げだしてしまえば、瞬く間に定着し、「遺伝子の錯乱」が起こってしまう。それを心配する人もわずかだ。
 だからこそ、警告を発しようと必死にシマリスの本を書いた。
 (今、画家さんがイラストを描いている。来春には出るだろう)

 チョウセンシマリスの輸出が盛んだった1960年代から、韓国の学者や自然保護団体はシマリスの輸出禁止を求めて長く戦ってきた。ようやくそれが実現したのは、30年以上もたってからだ。
 長い戦いにならないようにしなくては。
[PR]

by kimfang | 2010-11-14 10:55 | トピックス
10/11/13 朝鮮シマリスの100年 <中> 
f0004331_12333965.jpg
 その、冬眠しなかったというシマリスこそは、チョウセンシマリスだろう。
 北海道だけではない。1990年には、何と25道府県で野生化が確認されている。いったい、チョウセンシマリスはどのように日本に来て、棲みついたのだろうか? 
 歴史を振り返ってみよう。

 彼らが最初に日本にやってきたのは、日本が朝鮮を植民地統治していた時代だ。
 日本の動物商は朝鮮でシマリスを生け捕りにし、日本で売っていた。
 例えば「大阪市天王寺動物園70年史」には、1934年と39年にチョウセンシマリス購入の記録がある(因みに値段は5匹で0.8円)。
 他の動物園や一般家庭でも、彼らが飼われていたに違いない。しかしそれはまだ、問題を起こすような規模ではなかった。

 彼らが、大々的に日本にやってくることになるのは1962年頃から。
 朝鮮戦争の特需で戦後復興を成し遂げた日本は豊かになり、ペットブームが巻き起こる。

 方や韓国は、同民族が殺し合う「悲劇の戦争」によって、世界の最貧国となってしまった。
 1961年の日本の一人あたりの国民所得は564ドル、タイが220ドル、フィリピンは170ドル、韓国はたったの82ドル。日本の約7分の1という貧しさだ。
 韓国から日本に輸出されたシマリスは、貴重な外貨を得る手段のひとつとなっていたのだ。
 1971年のある韓国紙には年間30万匹を輸出し、45万ドルを稼いだとあった。
f0004331_12353155.jpg
 だから1965年の日韓国交正常化を待たずに、チョウセンシマリスが日本へやってきていたのだ。
 おそらく、日米の「親善大使」に選ばれたのは、ロシア・中国・モンゴル・北朝鮮という当時の社会主義国でしか手に入らないシマリスだから、アメリカ側が欲しがったのだろう。

 やがてチョウセンシマリスは、ペットのなかでもトップクラスの人気モノとなり、年間、数万匹(多い年は10万匹以上も)が輸入される。そうして逃げ出したり捨てられたりしたモノが野生化してしまったのだ。
 研究者はチョウセンシマリスがエゾシマリスの脅威となるばかりか、交雑の恐れがあると警告している。
 しかし両者の外見上の区別は難しく、駆除の徹底はできていないのが現状だ。

 そんな1994年、韓国政府は「ワシントン条約」に加盟したのを契機にようやくシマリスの輸出を禁止したのだ。
 日本だけでなく、フランスやドイツなど、ヨーロッパにも大量に輸出しいて激減してしまったのである。(ヨーロッパでは、「韓国シマリス」と呼ばれている)
 困ったペットショップは、中国のシマリス、チュウゴクシマリスを本格的に輸入するようになるのだ。
[PR]

by kimfang | 2010-11-13 12:36 | トピックス
10/11/12 朝鮮シマリスの100年 <上>
 日韓を行き来した動物たちを調べていると、時として信じられない事実を知ることがある。そのひとつが、神戸市立王子動物園の戦後初となる国際交流事業を報じた、1958年4月27日付け産経新聞の記事だ。

f0004331_2271552.jpg
 ―まず朝鮮シマリス シアトルへ「親善大使」
 姉妹都市のシアトル、神戸両市の動物園では、昨年秋から動物交換の話を進めていたが、その第一陣として、王子動物園から朝鮮シマリス二十匹がシアトルへ送られることになり、二十六日検疫を受けた―  

 どうして、日米親善のために、「朝鮮」のシマリスが送られなければいけなかったのか? 
 1962年にも、京都市動物園が戦後初の国際交流としてチョウセンシマリスをボストン市へ送っている。日本にもシマリスはいるのに…なぜ?
 更に不思議なのは日韓の国交正常化は1965年だ。国交がないなか、どのようにしてチョウセンシマリスが日本にきて、日本の動物園で飼われたのだろうか?

 記事を知ったことがシマリスの本を書くきっかけとなり、4年の歳月を経て、ようやく来春発売の運びとなった。ぼくが書くものだから児童書であり、全てがこの「謎解き」ではないが、ある「深刻な問題」を喚起するために必死に書きあけだ。
f0004331_22154499.jpg
 その話を理解して頂くためにはまず、シマリスについて簡単に説明しなくてはいけないだろう。
 世界には25種類のシマリスがいるが、24種までもが北アメリカ大陸に棲んでいる。
 ユーラシア大陸に棲むシマリスはただ一種、シベリアシマリスという種類だ。ロシア・モンゴル・中国・朝鮮半島、そして日本には北海道だけに棲んでいる。西ヨーロッパにはいないのだ。

 しかし同じシベリアシマリスであっても、分布が広範囲に及ぶことから、いくつかの亜種に分けられている。
 日本のそれは「エゾシマリス」、朝鮮半島のシマリスは、「チョウセンシマリス」、中国のそれは「チュウゴクシマリス」と呼ばれている。

 当然、日本と朝鮮のシマリスには違いがある。
 例えば水の飲み方。日本のシマリスはまるでうがいをするように頭を一度上に向けてから飲みこむ。
 ところがチョウセンシマリスは、イヌやネコのように直接舌でペロペロと水を飲むのだ。

 一番の違いは、チョウセンシマリスの中には冬眠をしないものがいるということ。
 シベリアシマリスは全て冬眠するのだが、韓国南部のように暖かい地域にいる一部のチョウセンシマリスは冬眠をしないものがいるのだ。
 過去には、冬眠するはずの北海道のシマリスのなかに、冬眠しないものがいたという! 
 ある「深刻な問題」というのは、これなのである。
[PR]

by kimfang | 2010-11-12 22:11 | トピックス
10/11/8  5年ぶりにコウちゃんと会った!
f0004331_15113928.jpg
 国際会議が終わったあと、「コウノトリの郷公園」の研究棟の2階で、日本の研究者たちと、ロシア、中国、韓国の研究者との間で、簡単な懇親会があった。

 「コウノトリの郷公園」には10回以上訪れていて、絵本やノンフィクションを書くために一般の方が入れない施設も入れてもらってきた。しかし、この研究棟に入るのは初めてだった。
 もちろん、コウノトリの研究室らしく、はく製など、コウノトリに関したものがずらりと並んでいた。

 食事会の途中で、韓国のパク教授がみなさんにお土産を配りたいといいだし、カメラやノートをはく製の前に置き、急いで荷物を積んでいた車に向かった。
 教授のお土産も配りも無事に終わったので、はく製の前に置いていたカメラとノートを持とうとして、
「あっ!」と叫んでしまった。
f0004331_15125690.jpg
 何と、はく製は、ぼくが絵本『くちばしのおれたコウノトリ』の主人公に、そして韓国でノンフィクショにも登場させた、あの、くちばしのおれた「コウちゃん」だったのだ。

 コウちゃんは、放鳥の実現を知って安心したのか、仲間が大空へ帰る3か月前に死んでしまった。となりのはく製は、最愛の夫、「タマ」だった。
f0004331_1514999.jpg 
―タマは先に死んだけれど、こうやってはく製になったあとは、
また夫婦で一緒にいられるようになったんだね。

 心の中で静かに話すと、じーんと胸が熱くなった。

 
「国際かいぎ」に先立って行われた「市民かいぎ」では、放鳥コウノトリがやってきた多くの町で、コウノトリとともに暮らすための熱い取り組みが報告された。 

一羽のコウノトリが、人を変え、町を変えてしまった例が数多く紹介された。 そんな取り組みの先駆けが、40年前の武生(現在は越前市)の子どもたちだろう。

 今からちょうど40年前、大陸からやってきて舞い降りたコウちゃんのために、エサ場を確保したり、フナやドジョウを捕まえたり、立て札を立てたりして見守ったのだ。f0004331_1516673.jpg
 あれから40年―。
 今、まさにコウちゃんが再来した。豊岡で放鳥されたコウノトリの一羽が越前市に降り立ち、107日間も滞在したのだ。
「えっちゃん」という名前がついた。
 
 今回の会議のあいだ、越前市のみなさまから
「コウちゃんの絵本を書いてくださってありがとうございます。是非、続編も書いてください」
 と声をかけて頂いた。嬉しい限りだ。

 絵本を書いて本当によかった。 郷公園の売店では、まだ、『くちばしのおれたコウノトリ』が販売されていた^^
[PR]

by kimfang | 2010-11-08 15:17
10/11/8 コウノトリ未来国際かいぎ、無事に終わる
f0004331_1314066.jpg
 10月30、31日に兵庫県豊岡市で催された「第4回コウノトリ未来・国際かいぎ」の通訳という重役を任された。

 05年9月の「コウノトリ放鳥式典」でも通訳をさせていただいた韓国教員大学のパク・シリョン教授の通訳を、今回も担当した。
 一度絶滅したコウノトリが再び大空へもどった歴史的なあの日(写真は05年の放鳥式展)、最後の5羽目は日本・韓国・ロシアの「コウノトリの父」たちが一緒に大空へと放したのだった。
 そう。韓国の「コウノトリの父」こそがパク教授なのだ。
 ぼくはそんな貴重な体験を07年に韓国でだした『황새 コウノトリ』につづった。

f0004331_1393490.jpgf0004331_1395748.jpg
今回の会議は、国内で放鳥コウノトリをどのように全国に広げていくのか?
 国際的な連携を強めていくにはどうすればいいのか?
 それが大きな議題だった。

 国内外ともに、情報と、人的な交流を深めていくことが大事だと確認した。
 
 
 日本や韓国は留鳥であるコウノトリが絶滅してしまったので、復活計画を推進しているが、渡りをする野生のコウノトリが2,500-3,000羽いる。繁殖地であるロシアから、越冬地である中国へと、毎年、渡っているのだ。
 コウノトリ保護のための国際ネットワーク作りには、越冬地の中国の協力が不可欠だ。
尖閣諸島を巡って日本と中国が争う真っ只中の国際会議。果たして中国の研究者がちゃんと来日するのか? たいへん心配した。
f0004331_13203072.jpg
 実は、05年の放鳥式典の時も、首相の靖国参拝や独島問題などがあり、日韓関係は戦後最悪の状態だった。パク教授は勇気を持って来日されたのだ。
 会議には中国から安徽大学の周立志教授が参加され、とても貴重な報告をされた。
 何と、繁殖地であるロシアにいかず、中国内の中継地で繁殖するコウノトリがでてきて、それが増えているというのだ。今までの「常識」を変えてしまうような驚きの報告だった。
 来月に中国で開催されるシンポジウムに日韓の研究者がいくことになり、コウノトリ研究者たちの交流は、また、新たな段階に入ったように思えた。
 
 (写真右)中貝豊岡市長は、韓国側がプレゼントしたコウノトリのバッチをつけて会議に参加。

 日韓のコウノトリ交流にご尽力され、惜しくも今年お亡くなりになった写真パネルの中の池田先生が、二人を優しく見守ってくださっていた。
[PR]

by kimfang | 2010-11-08 13:17