動物児童文学作家のキム・ファンです!!
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11/5/27 国際ワークショップの通訳
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 5月27日、コウノトリの野生復帰に関する「国際ワークショップ」(WS)が豊岡市であった。
 韓国におけるコウノトリの野生復帰について、韓国教員大学のユン・ジョンミン博士が報告することになり、通訳の仕事を「コウノトリの郷公園」から依頼された。

 あれれっ? いつもなら韓国のコウノトリの第一人者、パク・シリョン教員大教授がやってくるはずなに…今回はどうして?
 はじめて聞く名前に戸惑いながらも、快く通訳の仕事を引き受けた。

 とはいえ、博士の経歴や業績などを事前に調べておくのもプロの仕事。
 しかし…名前を韓国の検索エンジンで調べても、まったく何もひっかかってこない。
 いったい、誰や~?
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 しばらくして、豊岡に留学経験もあるチョン・ソクカン博士(現在は環境省勤務)から、今回は後輩がいくのでよろしく、と電話がかかってきた。
 どんな方なの?と聞くと、
 な、何と、韓国で一番有名な鳥類学者、ユン・ムブ博士の息子というではないか!

 パク教授はユン・ムブ博士の弟子だ。教授は、恩師の息子の指導を引き受け、韓国のエースとして育てるべく、日本に派遣することにしたのだろうとも語った。
 やばい。日本の取り組みについて、鋭い質問がきたらどうしょう…
 もしもうまく通訳できなくて、おやっさんにチクられると仕事がこなくなる。
 だぁ…
と、いうことでパク教授が書いたコウノトリの分厚い本をもう一度読みなおし、日本側の発表に関する資料も必死に集めて備えた。 

 さて、WS当日。
 生れてはじめて日本にやってきたユン博士に、和食の朝食の食べ方のレクチャーから仕事はスタート。
 午前は「コウノトリの野生復帰」が議題。日本側の発表5本をすべて同時通訳し、もちろんユン博士の発表を通訳し、ふたりの先生のまとめのコメントも通訳。

 午後は「希少鳥類の野生復帰」。6本の発表もすべて訳す。
 長谷川先生のアホウドリも、呉地先生のシジュウカラガンも、永田先生のトキも、みんなよく知っていた鳥で助かった。最後の発表はニュージーランドの博士が英語でしてくれたので、これまた助かった。
 だってユン博士はアメリカに10年間も留学していて、昨年にかえってきたばかり。英語はペラペラなのだ。このときだけは、のどを休ませることができた。

 その後も、総合討論があって。しゃべり(通訳)まくり。
 会議のあとのレセプションでもしゃべりまくり。
朝から14時間ちかくしゃべり続けて、のどは炎上^^)
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「すばらしい通訳でした。たいへんお疲れさましでした」
 ホテルに着くと、ユン博士からねぎらいの言葉をもらった。
「本当? 大丈夫でしたか?」
「本当です。昨年末に中国で開催されたコウノトリのシンポジウムに参加しましたが、中国側が用意した中国朝鮮族の通訳がよくなかった。生きもののことをまったく知らないし、言葉も北の言葉のようでわかりづらくて苦労しました」

 どうやら、無事に仕事をこなせたようだ。 ふぅー。

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 毎日、朝鮮語で生活している中国朝鮮族の通訳よりよかったと聞いてうれしかったが、南北の言葉が、ますますちがう言葉になっていっていることが悲しかった。
 ユン博士の報告のなかに、北朝鮮のコウノトリの復元の重要性を説いたところがあった。
 コウノトリが南北の橋渡しになってほしいものだ。
 
 次の日の午前は、郷公園の非公開ゾーンの見学。
佐藤 稔主任飼育員の解説も、研究者が相手ということで「バージョンアップ」!
 こんなところに入れるのも、普段とちがう解説を聞けるのも通訳の「役得」。
 こういうときの通訳は、たのしさ百倍!
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by kimfang | 2011-05-31 18:42 | トピックス
11/5/14 映画「祝の島(ほうりのしま)」を観た
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 瀬戸内海の小島、祝島を舞台にしたドキュメンタリー映画、「祝の島(ほうりのしま)」(纐纈あや監督)を観た。 1982年から29年も上関原発に反対し続けている島の人びとの日常が、緩やかに、ときにおかしく、ときに激しく描かれていた。

 今からちょうど10年前の2001年10月にぼくはこの島を訪れている。 

 原発に反対する長島の自然を守る会」の高島美登里代表から絵本執筆の要請を受けて取材をした。f0004331_17154186.jpg
 石垣でできた狭い小路。
 急で岩だらけの棚田。
 青く茂ったビワの樹。
 泊めてもらった、はまや旅館。
 あのときに歩いた風景は何も変わっていなかった。

 スナメリの観察のために船をだしてくださった清水さん。 
 バイクで疾走していた島で唯一の女漁師、竹林さん。
 お土産を買った日用雑貨店の蛭子さん。
 毎週、月曜日に行われるデモの先頭に立つ山戸さん。

 懐かしい人たちが、あの時のまま変わらず、きれいな海を、原発と引き換えることなくしっかりと守っていた。 
 ぼくはここを訪れて感じたことを絵本『のんたとスナメリの海』に込めた。

 2002年4月28-29日には、「長島の自然を守る会」が、絵本の出版を記念して「スナメリキャンペーンウォーク」を企画してくれた。 絵本を紙芝居にして、下関から祝島まで、山口県を西から東へ移動しながら紙芝居と即売会もした。
 あのときの思い出も蘇った。
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 上関原発建設予定地は、祝島のたった4キロ先。
 福島の原発事故の例をあげるまでもなく、4キロという数字がいかに暴挙かおわかりだろう。

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 祝島は遣隋使、遣唐使などが立ち寄った島で、千年も続いている4年に一度の「神舞」という祭りがある。古くから受けつがれてきた文化を継承している島だ。
 こんな由緒ある島を、原発と引き換えにした愚かな島にしていいのだろうか。
 
 島のみなさんは、今も、絵本『のんたとスナメリの海』を販売してくださっている。
 
 映画と絵本を、ぜひ、ご覧ください。

 絵本は、4月末にでた戦争と平和を考えるブックリスト、『きみには関係ないことか』京都家庭文庫地域文庫連絡会編(かもがわ出版)でも取りあげてもらった。
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by kimfang | 2011-05-17 17:12 | トピックス
11/5/7 倉敷で、えさ捕りのお手つだい
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 数日前に、越前市まで車で往復300キロをいってきたばかり。
 今度は車で往復500キロの道のりで、倉敷市へいった。

 倉敷市には、豊岡でうまれたメスのコウノトリ、J0006が滞在中。
 地元の人たちは、6番からとった愛称、ロクちゃんと呼んでいる。

 写真に写った建物の屋根の上にいるのが、ロクちゃんだ。右隣はアオサギ。
 (小さくてすみません^^)

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 ロクちゃんは、最初は半月だったが、二か月いて、さらには半年というように、段々と滞在期間を延ばしているのだ。

 すごいのは、ロクちゃんは豊岡をでてから一度も故郷へかえることなく、倉敷市と島根県を往復しながら暮らしていることだ。

 こんなコウノトリは今までにいない。すみついてくれればいいのに。
 このまま定着すれば、野生復帰計画にとって、まったく新しいページを開くことになろう。

 ところが今回、島根にいかずに豊岡へいってしまった。
 あ~もう倉敷にはかえってこないのかな?と思っていたら、
 「そんな心配はご無用!」といわんばかりに、すぐに倉敷にかえってきた。

 ロクちゃんが安心して暮らせるようビオトープをつくっていた「倉敷コウノトリの会」の人たちは、「帰ってきて当然」という。(内心、ちょっと不安だったらしい^^)

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 「だって、ロクちゃんの故郷はもう、倉敷だもの」と。
 とはいえ、ビオトープづくりに、ますます力が入るうれしい出来事でもあった。
 
 この日は、ロクちゃんのえさを確保するために近くの川でえさ捕りが行われた。
 川を見て、こんな狭いところに魚がいるのかなぁ?と思っていたら、
 ありゃりゃ、捕れるは捕れる、フナやドンコがたくさんいた。

 ぼくもご覧のように「魚の運搬係」として、汗を流させていただいた。

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 ところで、率先して川に入って魚を捕ってらしたのが、会長の津崎さん。 → 何と、津崎さんは倉敷市の市議さんだ。
 ほかの自治体の議員さんも、見習ってほしいものだ。

 今回の取材で、どこでも実現しなかった、豊岡以外での定着という快挙も見えてきた。

 がんばれ! 倉敷コウノトリの会! 

 全国のみなさんも、応援してあげてください!
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by kimfang | 2011-05-12 21:59 | 取材ノート
11/5/3 唐子が静かに訴えている!
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 黄砂に吹かれて~♪
 そんな悠長に歌なんてうたっていられないほど前日の黄砂はひどかった。
 どう? 今日は晴れるのか? 
 空を見上げても黄色いもやで空が見えない。そんななかを越前市まで車を走らせた。
 
 2004年の3月以来、7年ぶりの越前市エコビレッジ交流センター訪問だ。
 入口の雰囲気からして、以前とはまったく変わっていた。
 コウノトリがお出迎えしてくれるなんて。
「おー、くちばしがおれている。これはコウちゃんの写真だ!」
 と、声をあげていると、指導員の野村みゆきさんが飛んできた。

 コウちゃんの写真の下には、水槽のなかでドジョウがたくさん飼われていた。説明書きには次へのように書かれている。
「一羽のコウノトリを育てるのに500グラムのえさが必要です。ここにいるドジョウ一匹の重さは約8グラムです。コウノトリがすみつくのに何匹必要なのか考えましょう」
頭でわかっていても、実際に見るのとそうでないのでは大ちがい。
 こんなにドジョウがいる、豊かな自然がないと、コウノトリは生きていけないということがよくわかる。
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 それをもっと、ストレートに教えてくれるのが、エコビレッジの奥の部屋に展示されている。コウノトリ―唐子(とうこ)のはく製だろう。

 唐子は、ぼくが絵本に書いたコウちゃんの初孫だ。
 2005年に彼女がまだ卵だったころに会っていたぼくは、彼女が野生復帰してくれることを強く望んでいた。

 2009年10月末。その願いがついにかなって但東町(たんとうちょう)、唐川(からかわ)で放鳥された。
 地元の人たちは、唐川の女の子ということで、唐子と名づけて愛してくれた。
 
 しかし…

 個体識別のために塗られたアニマルカラーが落ちないうちに、変わり果てた姿で見つかってしまった。
 わずか2か月しかたっていない12月の末、三重県で死んでいた。
 死因は、餓死だった。
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 三重県だけの問題ではない。
 日本全国に、コウノトリが生きていける環境がないことを知らせてくれたのだ。
 やっと唐子に会えたのに、はく製になってしまって悔しい。
 けれども唐子は、大事なことを声をださずに静かに訴え続けている。 

 かわいそうな唐子のようなコウノトリが、もうでないようにと、越前市西部地区(白山・坂口)では「コウノトリ呼びもどす農法」が進められていた。
 この日も、カエルたちが盛んに鳴いていた。コウノトリが生きていけるような、生きものを育む田んぼになってほしいものだ。
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 このような取り組みを県内に発信し続けているのが、地元の「福井新聞」。 
 ※アーカイブの2011年5月をクリック。5/3の日記へ。 
 
 2009年の創刊110周年を記念してはじめられた事業が「コウノトリ支局」だった。
 かつてコウちゃんが舞い降りた地の古民家を借りうけ、記者さんたちが常駐し、コウノトリ田んぼなどの話題を提供している。
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 コウノトリ支局のなかに入ると、何と、コウノトリ関係の資料が展示してあったのだが、ぼくの絵本も展示していただいていた。ありがいことである。(左前列)
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 野村さんに、10月の放鳥場所も案内していただいた。

 豊岡以外でははじめての放鳥は、41年前にコウちゃんが舞い降りたところ。

 保護活動を行った白山小学校も近くに見える。

 10月の式典には、かけつけなくては!
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by kimfang | 2011-05-09 14:37 | 取材ノート