動物児童文学作家のキム・ファンです!!
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11/6/25 コウノトリ紙芝居、タイトル決まる!
 今年1月から、絵本『くちばしのおれたコウノトリ』(2003年発売)の紙芝居化に向けてあれこれやってきたが、その作業もいよいよ大詰めを迎えている。  写真は、1970年の暮れに武生市(現在の越前市)に舞い降りたコウちゃん。
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 紙芝居の「原稿」を書くのははじめて経験だったので、最初はかなり悩んだ。
 絵本の文章を書くように、画家さんの腕の見せどころをうまくひきだすこことに苦心しながら書いた。
 しかしそのうちに、絵本の原稿とはまったくちがうことに気づかされた。

 そう。紙芝居は原稿ではなく、「脚本」なのだ。
 絵本のように絵をひきたてて…では、演じる人が活きてこない。演者が複数の登場人物になり、声色をかえたり、悲しんだりよろこんだり、決めゼリフをいったりと、演者を表にだすように書かなくてはいけないことがわかってきた。
 しかも、絵の見せ所の場面もつくらないといけないし、
 紙芝居ならではの―めくりながら―という場面もつくらないといけない…

 ふへ~想像していたよりもたいへんだったが、童心社さんのアドバイスで何とかなってきた。
 それなりのところまできたので「じゃあ、タイトルもかえましょうよ」となった。
 確かに、内容もかなり変わったことだし、タイトルもリニューアルした方がいい。
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 ノートに、思いつくタイトルを書き並べてみた。「コウノトリ」は必ず入れたかったから、
 コウノトリのコウちゃん
 コウノトリとのやくそく
 つながれいのち、コウノトリ
 とべとべ! コウノトリ
 などなど 20ほどが候補にのぼった。

 ひとつ演じては、一番遠いのを消し、また最初から演じては、一番らしくないのを消し…というふうに、声を枯らしながらしぼっていった。

 最後に残ったのが、「とべとべ!  コウノトリ」と「とんだとんだ! コウノトリ」―。
 さぁ、どちらにすべきか? 
 希望に満ちた、未来志向のタイトルが望ましいという出版社の要望からすると、やはり、「とべ とべ! コウノトリ」がいいかなぁ。
 でも、待てよ…
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 ようやく、とんだとんだ! コウノトリ
 もういちど とんだとんだ! コウノトリ
 福井でも とんだとんだ! コウノトリ
 孫も とんだとんだ! コとんだウノトリ

 「とんだとんだ! コウノトリ」なら、紙芝居を演じる人や、聞いた子どもたちが、タイトルの前に、それぞれの想いを「〇〇」として入れることができる。
 「とんだとんだ! コウノトリ」がいい! これでいこう!
 出版社に送ったら、無事、OKがでた。

 「(紙芝居になって) とんだとんだ! コウノトリ」を実感するのは、約2か月後!
 9月1日、発売です! 

 絵をつけてくださるのは、後藤範行さん! 
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by kimfang | 2011-06-25 14:25
11/6/25 シマリス、新聞で紹介される
 いつものことだが、本がでると土曜日がこわい^^
 韓国では毎週、土曜日の新聞に書評が載る。
 まずはそこで取り上げてもらえるかどうか? そこがヒットへのひとつのハードル。
 それでも、これまで韓国でだした9冊うち、全集にはいった1冊と、絵本『トキ』以外はみな、載せてもらってきた。
 掲載率87.5%! (なかなかの高打率でしょ)
 
 さてさて、先週でた10冊目の『シマリス』はどうなのか?
 おそるおそるパソコンを開く。
 あった。ふぅ~
 「世界日報」が小さいながら載せてくれた。  掲載率も88.88...%にあがった。
 
 韓国がありがたいのは、科学読み物も、ちゃんと児童文学として扱ってくれること。
 むずかしい科学知識をわかりやすく子どもに伝えられるなんて、すごい!
 と、創作童話よりも、むしろ高く評価してくれる。

 日本では、科学読み物や学習読み物は児童文学として扱われない。(なんで? 勉強モノだから? 日本の科学読み物は世界一の水準だとぼくは勝手に思っている…すごいのにちゃんと評価しないって、ちょっとおかしいなぁ)

 そもそも児童文学自体、日本では新聞の書評では取り扱われない。
 取り上げられても「家庭らん」―。
 子どもの本を見下している? そんなことはないと思うが…

 教育が、大きな社会問題になっている昨今、
 新聞も子どもが読めるようにがんばって工夫している昨今、今こそ、書評を大人の本と「同列」に扱うべきでは。
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by kimfang | 2011-06-25 14:05 | 出版物
11/6/15 シマリス、発売される!
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 科学読み物、『シマリス』が発売された。シマリスは、韓国でもっとも身近で、もっとも愛されている野生動物だ。
 
 なのに、みんな、どれだけちゃんとシマリスのことを知っているのかなぁ?
 そんな問いかけをする、野心作だ。
 
 サブタイトルは、「私たちがしらない、本当のシマリス」―。
 
 例えば、シマリスはドングリだけを食べると思っている。
 冬眠前の秋にはドングリを食べるけれど、ドングリがないときには虫を食べたり、鳥の卵やひな、カエルまでも食べたりする雑食性だ。f0004331_22394710.jpg
 
 天敵のヘビにやられっぱなしのヨワムシでもない!
 弱ってるヘビなら噛みつくし、噛みくだいたものを身体じゅうに塗ってしまう。
 これでヘビに出会っても大丈夫。ヘビの臭いでカムフラージャ。もうヘビからは攻撃されない。
 可愛いふりして、なかなかしたたかなヤツだ。

 そもそもシマリスの名前にも問題がある。
 韓国語でシマリスは「다람쥐」。古い韓国語で「달리는 쥐」。つまりは「走る ネズミ」という意味。確かに地面を走っているけど、本当はそうじゃない。
 顎の筋肉の付き具合から、ネズミよりも先に世の中にうまれたことがわかっている。
 大先輩に、新参者のネズミを基準に名づけるなんて、何と、失礼な!
 それに、地上ばかりを走ってはいない。樹の上で寝たり、キツツキの巣を使ったりと、樹の上でも生活するもの。地上を走ってばかりじゃないや。
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 こんな風に、今まで知られていない彼らの生態をたのしく学ぶ本だ。
 かわいい絵もいいし、使われる写真もなかなか衝撃的だ。

 しかし、ここまでくるのに、本当にたいへんだったなぁ。
 生きものにまったく関心がない企画委員を何とか説得し、ようやく社長の前でプレゼンが実現。
 企画が通ったというのに、社長交代劇があり、原稿は宙ぶらりんに。

 もう、原稿を引き上げようか、と悩んだけれど、まだ、無名の頃に韓国ではじめての本をだしてくれた恩ある出版社だ。
 韓国の児童書界をリードしていたころの輝きを取り戻してくれると信じて、待った。
 まったかいあって、会社は新社長のもとで再スタート。

 ところが本格的に編集がはじまったというのに…今度は担当編集者が退職してしまって、またまた、受難…。

 はぁ~待たされたなぁ~
 記念すべき韓国で10冊目の本は、忘れられない一冊になりそうだ^^
 
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by kimfang | 2011-06-17 22:41 | 出版物
11/6/10  地方の図書館はネタの宝庫
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 前回触れた、韓国の出版社―チャンビから児童文学雑誌『チャンビ オリニ』への原稿依頼があった。
 日本児童文学者協会がだしている『日本児童文学』のように、『チャンビ オリニ』は韓国で児童文学に携わっている人が必ず読む本だ。

 (今年はぼくが『日本児童文学』の「ノンフィクション時評」を担当している。次回は7-8号)

 依頼の内容は「ノンフィクションをどう書くか」。韓国を代表する4名がリレーエッセイを書くことになったのだが、そのなかのひとりに名を連ねることができるなんて、至って栄誉なことである。
 
 そもそもぼくが活動の場を韓国に広げた理由のひとつに、韓国におけるノンフィクション児童文学の脆弱さがあった。
 絵本や創作童話は日本に負けるとも劣らないレベルまできているのに、ノンフィクションは、その重要性すら認められていない状況だった。

 何とかしたい! 
 05年からそんな思いでやってきたから、「いよいよ、ノンフィクションに目が向くようになったか」と感慨深い。
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 さてさて、肝心なのは内容だ。どんなことを書こうか? 
 そういえば、昨年の6月に児童文学者協会・関西センターでノンフィクションの書き方という講演をしたことを思い出した。
 その内容をパパパッと簡単に翻訳して送った。これをたたき台にして詰めていこうと。
「たいへん、面白い。韓国ではあまり知られていないノウハウが満載です。これでいきましょう」
と、返事がきた。

 内容のひとつに「地方の図書館はネタの宝庫」というのがある。
 絵本と紙芝居(童心社より8月に刊行予定)になった『くちばしのおれたコウノトリ』は、福井県の越前市図書館で見つけた資料から生れた。
 『サクラ』も兵庫県の宝塚市中央図書館で資料を見つけられなかったら、生れなかった。

 ここでは「諏訪子と歩んだ50年」という神戸市立王子動物園の歴史をつづった資料も見つけたのだが、
 そのなかに1958.4.27の産経新聞の記事が載っていた。
 日米友好のために、チョウセンシマリスをシアトルへ贈るという記事だった。

 どうして日米友好のために、韓国のシマリスが贈られることになったのだろうか?
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 この疑問を追いかけるうちに(今月下旬に発売)『다람쥐 チョウセンシマリス』が生れた。
 と、いうように。

 
 あなたの町の図書館に、本なるすばらしいネタが埋もれているかも知れない。
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by kimfang | 2011-06-11 12:44 | トピックス
11/5/29 丘修三先生、講演
 ぼくが実行委員を務めている児童文学者協会・関西センターが今回の「春の創作講座(中級)」の講師に招いたのは、丘修三先生。
 「作品を語る」と題した講演をしていただいた。
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 丘先生の著書は、代表作、『ぼくのお姉さん』をはじめ『口で歩く』など8作が韓国でもでている。『ぼくのお姉さん』は韓国でもたいへんなロングセラーだ。
 ところで、今、ぼくが韓国でたくさんの仕事ができるのも、実は、丘先生のおかげといってもいい。
 こんなエピソードがある。

 2006年8月。韓国でアジア児童文学大会があった。
 この大会は、日本、韓国、中国、台湾などのアジア諸国が2年に一度の持ち回りで開催している大会で、その年は、韓国が開催地だった。
 たまたまぼくと丘先生は、ホテルで同じ部屋となった。

 が、日本を代表する児童文学作家で、韓国でも多くの作品があり、しかもたいへんなロングセラーの作者が韓国にきているのに、韓国側が静かに置いておくはずがない。
 丘先生の部屋には取材を申し込む電話が鳴り続けた。
「あ、はい。そうです。丘先生の部屋です。ああ、先生ですか?」
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 韓国語が話せない人が受けたなら電話が鳴り続けることもないのだが、ぼくが韓国語で対応してしまったのがいけなかった。
「だから、先生はお体がよろしくないので病院です。ですから、さっきもいったとおり、いつもどられるのか、ぼくもわかりません」
 どうやら電話をかけてくる人たちは、ぼくのことを、先生が日本から連れてきた「韓国語のできる助手」、もしくは「専属の通訳」と思っているようだった。

 一応、ぼくも作家なんだけどなぁ…
 ぼくが『サクラ』でメジャーデビューするのは次の年の春。もちろん、韓国でもまだ、何もだしていないのから当然なのだが、完全になめられていた。  講師紹介する今関先生↓
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 さて、丘先生は持病がおありで、1日おきに透析をされていた。そのときに寝てこられるのだろう。夜は眠気がこないから、「キムくん。話をしようよ」と。
 ぼくたちは、毎日、毎日、日韓の歴史、在日のこと、作品の書き方などなど、日付が変わっても話し続けた。
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 そして大会の最後の日。     司会の上坂先生→
 丘先生のインタビューにやってきたのが、児童文学の名門―チャンビ(창비 創作と批評社)だった。
 インタビューを終えた丘先生は、
「うちの部屋に面白い作家がいるから、ぜひ、お会いなさい!」
と、推薦してくださったのだ。

f0004331_2312898.jpg 呼びだされたぼくは、うっぷんを晴らすように多くを話した。
 帰国後、ノンフィクション大賞を受賞した『サクラ』の原稿を送る。
 すると日本語版が学研からでる前に韓国語版の発売(2007年8月)が決まった。
 
 チャンビからだすと、ちがう出版社からも依頼があり、チャンビからも『世の中すべてのペンギンの話』(2009)をだした。これが好評で、来年に『ミツバチがいなくなると、イチゴが食べられないの?』(仮題)が発売されることになった。

 韓国で児童文学をしている人なら、だれもが一冊はだしたいと願う名門出版社―チャンビから本をだせたのは、丘先生のおかげなのである。
 本当にありがとうございました。
 
 丘先生、これからもお元気で、ますますのご健筆を祈っています!
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by kimfang | 2011-06-03 23:12 | トピックス
11/5/28 仕事(通訳)のあとも仕事(取材)だぜ 
 28日、午前11時40分ごろの電車に博士を乗せた。
 これですべての仕事は終了! 
 もう帰ってもいいのだが、前日の国際WSの報告も兼ねたシンポジウムが開かれている。
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 せっかく、豊岡にいるのに、
 全国から取材対象が集結していのに、
 さらには懐かしい「ハチゴロウ」とも再会したい。
 迷わず、シンポジウム会場に向かった。

 ハチゴロウは、宮崎県、鳥取県、石川県、京都府などを転てんとしたあと、2002年に8月5日に豊岡へやってきた。8月5日にきたので、8(ハチ)と5(ゴ)にひっかけて「ハチゴロウ」と呼ばれるようになった。

「武生」もそうだが、渡りをしているコウノトリがこのように日本にやってくることがしばしばある。
 しかしハチゴロウは、豊岡にきたあとは、もうよそへはいかず郷公園周辺にずうっとすみついたのだ。
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 ハチゴロウの飛来は、コウノトリの野生復帰を目指す豊岡の人たちの長年の苦労が実った結果といっても過言ではない。だって、野生のコウノトリが日本各地を旅してあれこれすみかを探したあげく、最終的に豊岡を選んでくれたのだから。 
 ぼくもハチゴロウに会いたくて、豊岡を何度か訪れていた。

 ハチゴロウは野生の先生だった。
 彼がきてくれたから、コウノトリの放鳥はうまくいった。大功労鳥(者)だ。

 ところが、2007年の2月。
 突然、ハチゴロウは死んだ。死因については諸説あったが、前日の国際WSのなかで、郷公園から放鳥コウノトリとのケンカが原因と思われると発表があった。
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 放鳥コウノトリが、みんなが愛した野生の先生を殺した…

 とても、ショッキングなことだが、コウノトリが強いなわばり意識のある鳥だということを、最後に私たちに教えてくれといえよう。
 みんなに愛されたハチゴロウの記憶を留めようと、彼が愛した湿地は「ハチゴロウの戸島湿地」という名前がついた。
 そこを管理する「コウノトリ湿地ネット」代表の佐竹節夫さんが「ハチゴロウの残したもの」という講演をされた。 

 ハチゴロウ、ありがとう。
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by kimfang | 2011-06-02 13:27 | 取材ノート