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動物児童文学作家のキム・ファンです!!
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12/9/20 待つのが仕事
  新人のころ、故・小暮正夫先生(元日本児童文学者協会会長)からいわれた言葉がある。
「作家は、待つのが仕事のようなもの。特に名前が知られていない新人は、どんなに一生懸命に書いても読んでもらうまでに1、2年もかかる。ようやく読んでもらって出版が決まっても、すぐに編集してもらえない。絵が描きあがるのを待ち、デザインが終わるのをまた待ち、そうやって待ってばかり。待てない人は作家に向いてないから、やめなさい」
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 ぼくは待つのが苦手な人間だった。
 どんなに美味しいと評判のラーメン屋でも、人が並んでいるとやめてしまう。
 本は書きあけでも、本になって発売されるまでに2,3年はかかるもの(人気作家ならば、すぐにでるのだろうが)。
 さっさと進まないことに、ついつい、イライラしていた。

 そんなときに、小暮先生の言葉と出会った。あぁ、小暮先生だって、そういう時期があって、出来上がるのを楽しみながら待ってらっしゃるんだと知り、心がとても楽になった。
 ぼくが主に書いているノンフィクションや科学読み物は、例えでたとしてもすぐに反応がでる本ではない。長い年月をかけて少しずつ評判が広まっていくタイプの本。
 だから本がでたあとに、反応がでるのを、これまた待たないといけないのだ。
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 さて、かなり待てるようになったぼくが、久しぶりにイライラした原稿がある。
 2010年に書きあげた、韓国でだす『꿀벌이 없어지면 딸기를 못 먹는다고? ミツバチがいなくなると、イチゴが食べられなくなるの?』という科学読み物。昨今、イチゴなどの農作物はミツバチなしでは作れない。なのに、ミツバチについて知らなくていいの?という内容だ。(右の写真。受粉がちゃんとできてないと、まともな形のイチゴにはならない)

 イライラした理由は、担当編集者が3度も変わったこと。
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 最初の編集者は社内移動で子どもチームから大人のチームへ。バトンタッチした編集者は、以前に韓国版『サクラ』を作った気心知れた編集者。ところがいよいよ大詰めというところで、家庭の事情で敢え無く退社することに。で、3人目の編集者が受け持つことに。
 本当にだしてくれるんだろうな…と。
 イライラを通り越して不安になってばかり。
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 そんなこきには、小暮先生の言葉をまた、思い返した。
「待てない人は作家に向いてないから、やめなさい」
 何としても作家としてやっていきたいからから、我慢、我慢。信じて待とうと。

 昨日、絵が付いた最終原稿がようやく届いた。
 長く待たせておきながら、チェックに与えられる時間はいつも少ない。これもまた、作家業のつらいところ。

 3人もの編集者の英知が詰まった本は、いよいよ来月にでる……予定^^
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by kimfang | 2012-09-23 10:52 | トピックス
12/9/15 32歳の長老コウノトリ、逝く
 来年、韓国はコウノトリを自然にかえす予定だ。現在、127羽のコウノトリのうち、12羽を忠清南道禮山(イェサン)に放つという。
 韓国がコウノトリの野生復帰を目指したのは1996年のこと。ロシアとドイツからもらったコウノトリではじめた。
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 復元プロジェクト開始の翌年にやってきたのがオスの「プルミ(青色という意味)」。
 プルミは1980年4月にロシアで生まれたあと7月にドイツに渡り、絶滅危惧種の繁殖に熱心な動物園で育てられた。86年にはペアとめぐりあい10数羽の子どもの父親に。そして1997年、子ども4羽と共に韓国へやってきた。

 プルミは韓国教員大学にある、韓国コウノトリ復元センターで15年を暮らしたが、13日、32歳で天国へと旅発った。人間でいうと80歳以上の高齢だという。

 ぼくも何度か、プルミに会っている。来年の放鳥を見てからいってほしかった。
 プルミの死亡は韓国で大きく報じられ、彼のニュースで来年の放鳥を知った人も多い。
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by kimfang | 2012-09-16 11:20 | トピックス
12/9/7 恩人、ホ・ウンミさん、岐阜でトークショー
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 韓国の芸能人による、「アンニョンコンサート」が3年ぶりに岐阜市で開かれた。
 2009年のコンサートの模様は〈驚きの「ヒョさま」〉の回を読んでいただくこととして、今回、前回と大きくちがうことは、ぼくにとって「特別な絵本」がふたつ発売されているということだ。

 まずひとつ目の絵本は、2005年から朝鮮学校に絵本を贈り続けてきた韓国オニリ図書館協会が企画した絵本。
 ホ・ウンミ著『달라도 친구 ちがってもともだち』(写真 右下)とオム・ヘスク著『세탁소아저씨의 꿈 クリーニングおじさんの夢』(共に웅진주니어)は、絵本で南北の交流を図ろうとする人たちの熱い想いが詰まった絵本だ。しかし南北交流を望まない、冷えた対立関係の継続を望む人たちの様々な嫌がらせもあって出版が遅れていた。
 その絵本が、今回はコンサート会場にあったのだ。

 コンサートの第一部で、この絵本の企画者であり、編集者でもあり、また著者でもある、ホ・ウンミさんの絵本の朗読とトークショーがあった。恥ずかしながら『クリーニングおじさんの夢』はぼくがモデルになった話だ。こちらも企画と編集を担当したのがウンミさんなので、京都から遥々駆け付けた。

 ウンミさん、こんなに大勢の大人相手で大丈夫かなぁ…
 緊張している様子を、客席からハラハラしながら見ていた。
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 実はウンミさんとは、先月、韓国で行われた出版記念イベントでも、コンビを組んでやっていた。書くよりも話す方が上手な「似非(えせ)作家」のぼく^^とちがって、ウンミさんは人前で話すのが苦手な「本物タイプの作家」。
 いやいや、大人は苦手だが、子ども相手ならめっちゃすごい「正真正銘の絵本作家」だ。

 司会の若手俳優、チェ・ギュファンさんがうまくリードしてくれたこともあり、トークショーはうまくいった。
 よかった、よかった。

ところでホ・ウンミさんは、日本でも『うんちのちから』(主婦の友社)などを出している、韓国を代表する絵本作家のひとりだ。名門、延世大学のドイツ文学科をでて出版社に勤めたあとに、絵本作家になった人で、翻訳も含めると90冊近い著作がある。

 2008年に6月に彼女が会いに来てくれたとき、一緒にきた人たちにわからないようように自分が書いた絵本原稿をそっと手渡した。
「どうか、絵本の書き方を教えてください。これを読んで、ご指導願います」
 たとえ有名な作家とはいえ、自分よりも年下の人に教えを乞うのにはかなりの抵抗があるものだ。しかし絵本がだせなくなっていたスランプからどうしてもぬけだしたくて必死だった。

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 ところがこれが思わぬ方向へと進む。
 ひと月ほどして、ウンミさんから「3つの原稿のうちのひとつは、本にできる原稿でしたよ」とうれしい報せと共に、彼女の友人が書いた、あるコラムを送っていただいた。そこには、絵本を書くためのノウハウが散りばめてあって、絵本執筆のコツを会得した。

 いざ、出版社を紹介してもらうべく、ホ・ウンミさんに会いに韓国へ飛ぶと、6月に一緒に会っていた男性から、突然、電話がかかってきたのだ。
 彼がいうには、ウンミさんが出版社を紹介するというのを他人から伝え聞いた。ちょっと待ってほしいというではないか。とりあえず会うことに。
「ウンミ先生の紹介する出版社でなく、うちで出させてください!」
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 彼は한솔수북 ハンソルスブクという出版社の編集者。韓国で一番売れている大ヒット絵本『ふわふわくもパン』(日本語版は小学館)の出版社の人で、『ふわふわくもパン』の写真を担当した、これまたすごい人物だった。
 
 ウンミさんが新幹線や飛行機のなかでぼくの原稿を読んでいるとき、たまたま隣に座って読んでしまったらしい。そのときから、ぜひ、うちでだしたいと思っていたというのだ。
 そうした数々の幸運が重なって2009年にでたのが絵本『巣箱』。これの販売が好評だったことでシリーズ化され、5冊もだしてもらった。

 あのとき、勇気を振り絞ってウンミさんに原稿を渡してなければ、何もなかった話だ。
 だから彼女はぼくの「恩人」でもあり、南北統一を願う「同志」なのだ。

 ウンミさんとの縁で生まれたもうひとつの「特別な絵本」も、朝鮮学校の子どもたちにプレゼントした。


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 コンサートの第二部は歌。韓国からはソン・ビョンフィさん、ウリナラ、日本から大島優美子さんが出演された。
 もちろん司会は、「ヒョさま」こと、クォン・ヘヒョさん。
 会場を大いに盛り上げてくれた。

f0004331_17415938.jpg ところで、クォン・ヘヒョさんたちは、3.11の被害にあった在日同胞と子どもたちを助けたいと、昨年、「몽당연필 モンダンヨンピル (ちびたエンピツ)」を立ち上げた。
 一年限定で、チャリティコンサートを各地で実施し、その収益金を寄付しようと呼びかけたのだ。これに賛同し、ここに関わった韓国の芸能人は200名に上るという。

 今年の6月で一応活動は打ち切ったが、被災者たちの苦しみがなくなったわけではない。
 コンサートの最後にヘヒョさんはいった。
「『モンダンヨンピル』を再開します! また、お会いしましょう!」
 微力ながらぼくも、彼らの活動を応援したいと思う。

 もちろん、ホ・ウンミ著『달라도 친구 ちがってもともだち』とオム・ヘスク著『세탁소아저씨의 꿈クリーニングおじさんの夢』の売上金は、全額寄付される。
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by kimfang | 2012-09-08 14:55 | トピックス
12/9/6  「きみの町に」が、さぴあと農業新聞で紹介
 『きみの町にコウノトリがやってくる』が、進学情報誌「さぴあ」と「日本農業新聞」で紹介された。
 さぴあでは、<注目の一冊>として大きく紹介。

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「…特に福井県武生市で保護されたことから、『武生』と名付けられた一羽のコウノトリの生涯を追う、命のリレーの物語は感動的です…」と書いていていただいた。


 
 


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 その武生市は現在は、越前市となり、毎年、「コウノトリが舞う 里づくり大作戦」を開催している。

 今年は、「コウノトリから広がる世界」と題して東大大学院教授の鷲谷いずみ氏の講演。
 豊岡市長、佐渡市長、野田市長の自治体からの報告と会議などがあり、
 大相撲の貴乃花親方も「里山クイズラリー」に参加する。

 開催日は10月13日(土曜日) 詳しくはここをクリック
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by kimfang | 2012-09-06 18:04 | トピックス
12/8/24 絵本『巣箱』を香港と台湾の友人へ
 今回のアジア児童文学大会参加の大きな目的のひとつに、絵本『巣箱』を香港と台湾でだす足がかりをさがすといものがあった。
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 実は、東アジアの鳥―クロツラヘラサギ 저어새 黒面箆鷺の保護を訴える絵本の出版を準備中だ。(クロツラヘラサギだけが出てくる絵本ではないが、とても重要な役割を果たすという絵本)来年には、まずは韓国で出す。
 クロツラヘラサギは、世界に3,000羽ほどしかいない絶滅危惧種。朝鮮半島西海岸の北方限界線近くの無人島などで繁殖し、台湾や沖縄などで越冬する渡り鳥だ。香港やベトナムへも渡る、まさに東アジアの鳥なのだ。

 だから、これらの国々が協力し合わないとこの鳥は守れない。そこで、この鳥が訪れる国々で絵本を「共有」してもらいたいと願って書いた。
 そこで、まずは『巣箱』をだして実績を積んでから、クロツラヘラサギにつなげたいと目論んだのである。
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 香港の児童文学作家、潘明珠さんはむかしからの友達だ。韓国語も少しできるけれど、日本語ならペラペラ。アジアの少年詩を集めた詩集『大自然禮贊』をだすときに、韓国語の詩を日本語で訳す手伝いをしている。今度は、ぼくが手伝ってもらう番。
「今年か来年には、中国ででるから、香港でも出せないか、一度、検討してよ」
 日本語訳をつけて絵本をプレゼントした。
「いいわ。頑張ってみる」と快諾してくれた。

 次は、クロツラヘラサギの越冬地として、とっても重要な台湾へのアプローチ。しかし、台湾人の友人がいない。
 と、そのときだ。
 幸運にも、台湾の参加者の方から、ぼくに声をかけてくださったのだ。

「アイ ラブ ブラツク フェイスド スプーン ビル……アイ……」
 下手な英語で、クロツラヘラサギの越冬地としての台湾に強い関心があること。台湾を訪れてクロツラヘラサギの取材をしたいなど、一生懸命に話したが、うまく通じない。
 すすると、白百合女子大学に留学している蕭伊芬(ショウ イーフン)さんがやってきて、通訳してくださった。

 ぼくに声をかけてくださった蔡清波さんは、高雄市内の高校の校長先生をなさっていて、何と、野鳥保護にも関わってらっしゃるというではないか! 
 もう、この人に託すしかない。
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「これは私が書いた『巣箱』という絵本です。クロツラヘラサギのためにも、台湾での出版を望んでいます」
 絵本のお返しにと、高雄のガイドブックと原住民が作ったブレスレッドを持ってやってきた蔡さんは、前向きに検討したいといってくださった。
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 後日、日本語訳を蕭伊芬さんに送ったところ、早くも蕭伊芬が翻訳、蔡清波さんが出版社に持ち込んでくださったというではないか。
 さあ、どうなっていくんだろうねぇ。たのしみだ。
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 昨今、翻訳やプロデュースの仕事をして、感じていることがある。
 優れた作品だから、その国で受けそうな作品だからといって、必ずしも翻訳出版されるのではない。
 人と人の縁があって、はじめて翻訳本がでるのだということを――。

 つないでくれた蔡清波さんと蕭伊芬さんに、感謝! 感謝!
 この縁に、感謝! 感謝!
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by kimfang | 2012-09-01 16:48 | トピックス