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動物児童文学作家のキム・ファンです!!
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14/5/25 復活するか?「霊光クルピ」
 韓国で有名な魚といえばクルピだろう。「韓定食」には必ずといっていいほどついてくるから、よく食べた。
 食膳にのぼった魚を見て、「この魚、何?」と友人や店員に聞くと、「クルピですよ」と答えがかえってくる。うーん……どこからどう見てもイシモチなのに……。
 韓国にいきはじめたころはクルピのことをよく知らなかったので、クルピとイシモチは、ちがう魚だと思っていた^^ クルピはイシモチを塩漬けして干したものなのだ。
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 そのクルピのなかでも、最高級なのが「霊光 영광 ヨングァンのクルピ」。全羅南道の霊光郡のクルピは高級品だ。イシモチがとれなくなったからだ。
 それでも、12種類にものぼるといわれているイシモチ類のなかでも「本イシモチ」(黄金のイシモチと呼ばれているもの)だけを使用し、良質の塩でつけたあと、一年以上干すので、どうしても高くなってしまう。

 さて、そもそもイシモチを干したものがどうして「クルピ」と呼ばれるようになったのだろうか? 次のような話しが伝わっている。
 高麗17代、仁宗の時代、重臣のイ・ジャギョム(李資謙)が娘を王に嫁がせて政治を思うようにしようとしていたが、仲間の裏切りに会い、霊光の法聖浦に流された。
 そこはイシモチがよくとれる。とれ過ぎたイシモチを塩漬けにして干したところ、たいそう旨い。そこで王に献上した。そのときイ・ジャギョムは、この食べ物を「屈非 クルピ」と命名した。重臣として、王に変わらぬ忠誠を尽くすという信念は曲がっていないという意味をこめたのだ。
 献上されたクルピを食べた王は、イ・ジャギョムの変わらぬ忠誠心を知り、流刑の罪を解いたという。
 その後、王の御膳にもクルピが乗り、「霊光のクルピ」は全国的に有名になったという話だ。

 事実、霊光(ヨングァン)はイシモチのよい漁場だった。イシモチたちは春になると丁若銓が島流しになった黒山島近海から北上し、ちょうど穀雨のころに霊光郡へ到着、そして半島の西海岸沿いに延坪島あたりまでいき、また、南にもどる。
 霊光はクルピ発祥の地として高麗時代からその名を轟かせてきた。
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 その霊光郡で、原発が稼働をはじめたのは1986年のこと。韓国には4か所に原発があるが、霊光原発は唯一の西海岸側の原発だ。
 独裁政権のときに建設が決まり、反対意見は徹底的に力で抑えこまれた。そして計画当初から温排水による漁業への影響が指摘されてきた。
 最近になって国会議員から、温排水による影響調査をもう一度やるべきだという意見がだされている
 
 2012年には、部品の「品質保証書」が偽装されていたことが判明し、その後もトラブルが続く。
 イメージの悪化を恐れてか、霊光原発は名前を「한빛 ハンピツ 原発」と改名した。
 
 「霊光クルピ」が庶民の手の届かない高級品になってしまったのは、一にも二にも、よいイシモチがとれなくなったからにほかならない。海が壊され、乱獲が拍車をかけた。そこへ中国産が出回って需要が減り、高くしないとやていけなくなった。
 「霊光クルピ」の復活は、まずは原発をどうするかにかかっている。
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by kimfang | 2014-05-25 09:59 | トピックス
14/5/24 200年前の本に新たな命を吹き込んだ『玆山魚譜を訪ねて』
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 5年前のことだ。イカのことをあちこち巡って取材した。韓国人はイカがとっても大好き。実はぼくもイカにはめっぽう目がない。じゃあ、イカの知識絵本を書けば当たるぞ! と、イカのメッカ、東海岸の北側の町、ソクチョ(束草 속초)へもいった。
 ここでとれるイカは、ほとんどがスルメイカ。スルメイカはトンヘ(東海 / 日本海)を回遊する。その過程を描いた絵本を書きあげたのだが……。
 残念、結局、だしてくれる出版社は見つからなかった^^
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 でも、そのとき、生態学的な知識だけでなく、イカと暮らした民俗も反映させねばと一生懸命に調べた。知識を得るのに大いに役立ったのが、当時(もう少しブームは過ぎていたが)ベストセラーとなっていた『玆山魚譜を訪ねて』だ。今振り返っても、勉強のあとがしっかりと残っている。
原書名『현산어보를 찾아서』이태원 / 청어람미디어

 そもそも「玆山魚譜 자산어보」は何だろうか?
 朝鮮後期の学者である丁若銓(チョン・ヤクチョン 전약전)が1814年に島流しになった全羅南道の孤島、黒山島(フッサンド 흑산도)で書き記した韓国初の魚類誌だ。
 155種の海の生きものについて生き生きとした描写をしている。
 丁若銓と若鏞(ヤギョン)の兄弟は、カトリック教徒への弾圧で流刑となった。若鏞は、結構ドラマにも登場するので知っている人は多いことだろう。
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 200年前に丁若銓が漢字で書いた「玆山魚譜」が、庶民に広くハングルで読めるようになったのは1974年のことだった。
 そのとき2歳だった男の子が、この歴史的な本に新たな命を吹き込む。『玆山魚譜を訪ねて』は、1972年生まれの若き現職生物教師(ソウル大学卒)であるイ・テウォンが、「玆山魚譜」を現代風に読み解きながら、読者が生きものや科学史などの文化に親しめるよう工夫してつづった秀作だ。
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 折しもこの本がでたころ(2002年12月)は韓国で釣りブームが巻き起こっていたころで、全5巻の大作にもかかわらずベストセラーになった。

 ところで、ハングルを読める方は、もうお気づきだと思うが、丁若銓が書いたのは「자산어보」と呼ばれているのに、イ・テウォンの本のタイトルは「현산어보」になっている。

 イ・テウォンは各巻の冒頭に、おおよそ次のように語っている。
「…丁若銓は、黒山という名は暗くて物悲しい。だから家族に手紙を書くときも黒を意味するほかの字をあてて『玆山』と書いた。もしそうならば、「玆」は「자」ではなくて「현」と読むのが、より正しいという主張がある。自分もそれを支持したくて本のタイトルをわざと현산어보とした」

 この秀作は、日本でも翻訳出版されている(ぼくの知る限り2巻のみ)。
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by kimfang | 2014-05-24 09:46 | トピックス
14/5/23 延坪島、かつては「イシモチの島」
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 『黄金の海 イシモチの海 ―韓国西海岸 歴史民俗探訪』朱剛玄 著 / 黒澤真爾 訳 / 法政大学出版局 を読んだ。このシリーズの『韓国環境運動の社会学』は持っていたが、1998年に韓国で刊行されて2003年に翻訳されたこの本のことはまったく知らなかった。 原書名『조기에 관한 명상』 주강현 / 한겨레출판

 この本を読んで延坪(ヨンピョン)島の歴史について多くを知った。恥ずかしながら延坪島という島があることは、2010年11月の北朝鮮による「延坪島砲撃事件」で知った。実は、1999年と2002年にも、この海域で南北の戦闘があった。
 2002年は、ワールドカップサッカーの、韓国とトルコの3位決定戦が行われていた真っ最中だ。事件はよく覚えているが、延坪島という島のことは頭になかった。
 延坪島とい名は、あの砲撃事件で初めて知ったのだ。そしていつしか延坪島といえば、「南北戦闘の島」としか思わなくなっていたが、『イシモチの海』を読んで、延坪島がかつて「イシモチの島」だったということも知ることになった。
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 イシモチは、韓国を代表する国民的な魚だ。そのむかし王宮でもキムチを漬けるのにイシモチを入れたという大事な魚だ。法事のときには必ず供える魚で、韓国語では「조기 チョギ」という。

 延坪島はかつて、南から北上したイシモチがたくさんとれる、韓国第一位のイシモチ漁場だった。
 しかしここを全国に知られる有名な場所にしたのは、イシモチそのものよりも林慶業(イム・ギョンオプ)将軍だ。
 朝鮮時代の1636-1637年に起きた「丙子胡乱」(丙子の役)のとき、清を撃つために明にいく途中、将軍がいっとき延坪島に立ち寄り、イシモチをとって兵士に食べさせたという話が伝わるからだ。このとき、現在も伝わる伝統的な漁法も将軍が考案して民に教えてとされる。
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 『イシモチの海』は、イシモチという魚を通じた韓国の民俗と、林慶業将軍がいかにして「神」になったのかを紐解いていく流れの本だ。

 著者の朱剛玄氏は、著作のなかでこう述べている。
「神話は、人間が『確認できる歴史』『納得できる歴史』『受け入れられる歴史』だけでは、けっして成立しない。いくら国家の政策目標と一致しても、誰もが神になれるわけではないのだ。姜邯賛(カン・ガムチャン)、李成桂(イ・ソンゲ)、李舜臣(イ・スンシン)、権慄(クォン・ユル)といった将軍たちは、けっして神にはなれなかった。殴り殺された崔瑩(チェ・ヨン)と林慶業(イム・ギョンオプ)、王権に挑戦状を投げつけた彼らだけが神になった」

 261ページもある本だが、あまりにも面白くて一日で読んでしまった。
 しかし著者も憂いているように、延坪島にイシモチはこなくなってしまった。
 延坪島が「イシモチの島」として、もう一度復活してほしいという著者の願いが1998年に形となったのが、ほかならぬこの本だ。
 ところが……。
 その想いとは逆に、翌1999年には延坪島海域で最初の戦闘があった。次に2002年のワールドカップのときに。
 そして2010年の砲撃で、人びとの頭のなかから「イシモチの島」は完全に消えさり、「南北戦闘の島」だけが支配するようになってしまった。

 昨日、北朝鮮がまた、延坪島近海に砲撃を行った。作者の願いも空しく、延坪島が「イシモチの島」にもどる日はさらにまた、遠のいたのかも知れない。
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by kimfang | 2014-05-23 12:12 | トピックス
14/5/22 北魚(プゴ)の縁起物
 もう十年も前のことだ。ソウルの仁寺洞を夫婦でぶらぶら歩いているときだった。雑貨屋からでてきた妻が、「ねえねえ、この店に面白いものがあるよ」と手招きした。ぼくが、動物をデザインされた雑貨を探しているのは妻も承知のこと。どんな掘り出し物が見つかったのかワクワクしながら店に入る。すると妻は、所狭しと並べられた目の前の雑貨ではなく、入口の扉の上の方を指差したのだ。
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「ほら、あれあれ」
 扉の上には換気扇があり、その隣に、30センチほどもある大きな干魚に糸の束が巻かれていた=写真。
「おう、スケトウダラだ!」
「何それ?」
「うーん、わからないか。なんて説明しようかな、ほらっ、チャサ(제사 法事)でお供えする」
「あぁ、メンテ(맹태 / 方言)」
 そう。ミョンテ(명태 明太 / 標準語)というのが一番わかりやすかった。チャサ(제사)といった途端にわかるところが、なんとも妻らしい。しかし、いったいどうしてスケトウダラが店に飾ってあるのか。不思議でたまらなかった。
 そこで店員にたずねてみたのだが、店員はしきりに首を傾げる。
「……お客さま、ミョンテ(명태)て何でしょうか? あれはプゴ(북어 北魚)ですが……」
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 むかし、半島ではスケトウダラはよくとれた。特に、現在、北朝鮮の東海岸はとてもよくとれた。そのスケトウダラを干して乾燥させたのがプゴ(북어 北魚)なのだ。北の方から乾燥させた商品が南や内陸部に運ばれたので、「북」(北)の「어」(魚)という名がついたらしい。
 半島ではスケトウダラは、いろいろな名前で呼ばれている。生のままだと「センテ 생태 生太」、凍らしたものは「トンテ 동태 凍太」、海辺に置いておいて、凍ったり解けたりを繰り返し黄色くなったものを「ファンテ 황태 黄太」というように。
 それぞれちがう魚だと思っている人もいるらしい。おそらく店員は、そのなかのひとりたったのだろう^^

 ぼくは気を取り直して、どうして糸を巻いたものを飾っているのかをたずねた。
 店員は、朝鮮半島の鍵の多くが魚の形をしていることから話しはじめた。まぶたのない魚の目は、24時間常に開いていて、閉じることはない。家具のなかの財宝をしっかりと守ってくれるということからだ。
 店も、いつまでも閉じることなく、続いた方がいいに決まっている。魚の目が閉じられないように、店も閉じることなくずうっと続いて欲しい。そこで目の大きなプゴに、何事もするするうまくいくようにという意味を込め、ほどけやすく束ねられた絹糸の束(실타래)を巻いたものを飾るというのだ。

 つまりは、お店がいつまでも繁盛しますようにという縁起物なのだ。韓国では店をはじめるときに多くの店がこれを飾るという。
 また、同じような意味で、家やビルを建てたときの棟上げ式、新車を買ったときにもこれを供えて厄払いし、飾るという。

 ぼくも仕事が途切れずきますようにという願いをこめて、飾ってみようかな^^
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by kimfang | 2014-05-22 18:46 | トピックス
14/5/12 韓国に渡ったコウノトリ、無事だった! 
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 3月18日に韓国の慶尚南道・金海市で発見された、豊岡生まれのコウノトリ―JOO51のことは、すでにお伝えした。民団新聞にも寄稿した
 ところが現地で51番を観察している友人から、「4月24日から姿が見えない。日本に帰っていないか、確認してほしい」という要請を受けて動いていた。そう。行方不明になっていたのだ。

 韓国に定着してほしいが、日本に帰ったならそれはそれでいい。とにかく無事でいてほしい! ただ、それだけだった。しかし一向に姿が見えない。豊岡市で見たという情報もあったが、確認はとれなかった。

 行方不明から10日がたった5月4日。再び、金海市の花浦川湿地で見つかった。
 今朝、現地で観察している友人から写真が届いた。昨日までの大雨で羽がよごれているが、元気そう。
よかった~^^ ふぅ~。

 今日の夕方、韓国のMBC慶南の「イシューと人 이슈와 사람」というラジオ番組で51番のことが取りあげられる。へへへ、ちょっとお手伝いした^^
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by kimfang | 2014-05-12 13:41 | トピックス
14/5/11 奇跡の海を語る「お話会」のご案内
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 上関原子力発電所建設計画をご存じですか?
 1982年の原発誘致発表以来、32年間も粘り強く闘っている人たちがいます。祝島の人たちです。祝島は建設予定地からたったの3.5キロ。島民を応援したいと立ち上がったのが「上関の自然を守る会」のみなさんです。

 30年にも及ぶ長い闘いもむなしく、2009年についに工事は始まってしまいました。ところが……。福島第一原発の事故を受けて、工事はストップしました。けれども、計画がなくなったわけではありません。いつまた、工事が再開されるかわからないのです。

 守る会は99年の発足以来、上関の海が希少な生きものの宝庫、奇跡の海だということを科学的に証明してきました。上関には国際保護動物のスナメリや、世界でたった5,000羽しかいない天然記念物のカンムリウミスズメも棲んでいます。チラシの鳥がカンムリウミスズメ。小さなペンギンと呼ばれています。

 ぼくは守る会からの依頼で、2002年にスナメリの絵本を書きました。今夏、奇跡の海の生きものたちのことをもっと多くの子どもたちに知ってもらおうと、ノンフィクションを出す予定をしております。

 実は、8月に京都(山口と東京でも)で、上関原発をテーマにした国際シンポジウムが開催されます。そのプレイベントとして今回、5月15日(木)にチラシのような「お話会」が開かれることになりました。山口県からはるばる守る会代表の高島さんがいらっしゃいます。

 京都市の「堺町画廊」で、19時からです。よろしければご参加ください。
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by kimfang | 2014-05-11 11:48 | トピックス
14/5/10 今も続く「リネア」人気
 韓国では、レーナ・アンデションが絵を担当した「リネアの絵本シリーズ」―『リネア―モネの庭で』、『リネアの12か月』、『リネアの小さな庭』が、1994年の初版発売から20年もたつというのに今も衰えることのない人気を維持し、売れ続けている。
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 このシリーズは、日本でも1993~94年にかけて発売され、大ヒットした。本は、スウェーデンの大都会の集合住宅に住む、少女リネアの目を通して、都会のなかで植物のことを学んでいくつくりになっていて、文字も多くて読み応えがあり、大人も十分楽しめる絵本だ。

 何といっても、『リネア―モネの庭で』がいい。この本は、世界的なベストセラーにもなった。

 しかし今、日本の本屋さんで、この本を見つけるのはむずかしい。ところが、韓国での人気は衰えることを知らないロングセラーとなっている。日本では30年を超えるロングセラーがあるが、韓国で単行本(セット販売の全集でなく)の絵本が書店で買えるようになったのは90年代の半ばから。単行本絵本が自由に買えるようになった当初からのロングセラーなのだ。
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 さて、その根強い人気の理由を最近になって知った。我が家の本棚にもあるリネアは、スウェーデンに住む女の子なのに、なぜかアジア人の顔をしていることが、ずうっと気になっていた。

 実はリネアのモデルとなった子は、画家であるレーナ・アンデションの娘なのであるが、韓国から養女としてスウェーデンに渡った女の子だったというのだ。複雑な気持ちになった。
 でも、このエピソードも、ロングセラーの理由だろう。
 そしてもうひとつ、50%OFFという、日本では考えられない値引きも大きな理由なのである^^
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by kimfang | 2014-05-10 15:50 | トピックス
14/5/4 「値引き率」制限されるか? 
  ここ1、2週間、『ミツバチ』の「販売指数」とか、「セールスポイント」が急上昇している。何があったのだろう? 何かの選定図書に選ばれた? 色いろ調べてみたけれど、わからない。うれしいことだけど、うーん、気になる。
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 で、ようやく、その理由らしきものにいきついた。ネット書店のなかに26%引きの店があり、おそらくこのせいであろう。『ミツバチ』の発売が2012年の10月15日だったから、ちょうど18か月が過ぎた。新刊の値引き禁止期間が解けたのである。

 日本は本の値引きが認めてられない「再販制度」をとっているが、韓国は実質的には「再販制度」がない、値引き自由だ。しかし定価が維持されないとなると、売れる本は安くなってますます売れ、売れない本は高くなってますます売れなくなり、出版される本も売れるような本ばかりになって、偏る。やがて売れさえすれば良いというようになっていく。
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 そこで設けられたのが「新刊の定価保護期間」(実用書は対象外など例外もあるが)。発売から18か月は値引きしてはいけない制度(ネット書店は新刊でも10%引き可)である。
 写真のように『ミツバチ』は18か月が過ぎたので値引き競争がはじまり、発売から14か月の『イヌ』は、まだ、値段がみな同じの横並びというわけだ。

 ところが先月29日、画期的な改正案が国会を通過した。マイレージや積立金なども含めた値引き率を最大15%までにする。つまり、15%までの値引きは許しても、それ以上は定額を維持するというものだ。
 海外でも再販制度のない国はあるが、それでも先進国の値引きは2-15%ほど。韓国ではひどいケースとなると50%近い値引きまである。やり過ぎだ!

 これで韓国の出版社も、日本のように安心して、色んな分野の良書を落ち着いてだせるようになると信じたいが……^^
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by kimfang | 2014-05-04 13:39 | トピックス