動物児童文学作家のキム・ファンです!!
<   2015年 09月 ( 11 )   > この月の画像一覧

15/9/23 市長と和尚のトークショウ
  2005年9月24日は、日本ではじめてのコウノトリの放鳥が行われた日だ。ぼくは韓国から招かれた韓国教員大学のパク・シリョン教授の通訳として放鳥式典に参加した。あの歴史的な日から早くも10年が過ぎたのだ。その放鳥10周年を記念し、豊岡市のコウノトリの郷公園では様々な催しが開催されている。

 そのなかのひとつに、「韓国に渡ったコウノトリ写真展」があった。ご存知のとおり、J0051(韓国での愛称 ポンスニ)とJ0092(韓国での愛称 チェドンイ)は韓国へ渡って大きな話題となった。その子たちの写真だ。
 J0051は一年と一か月ぶりに日本へもどってきたが、J0092は今もなお、済州島で暮らしている。そしてなんと今月のはじめ、3羽目となったJ0094(韓国での愛称 ウルサン)が確認されて、今もウルサン(蔚山)あたりで滞在している。
  J0051の飛来は、韓国に「コウノトリブーム」をまきおこした。そのブームの流れのまま、韓国初の放鳥も無事に成功した。日本の放鳥の前にハチゴロウという野生のコウノトリが飛来して多くを教えてくれたように、ポンスニもまた豊岡から韓国へ飛来し、多くのことを教えてくれたのだ。

 その、ポンスニという愛称の名付け親であり、チェドンイとウルサンの名付け親でもあり、これらのコウノトリの観察者であり、そしてJ0094の足環の確認者でもある、韓国でとても有名な「鳥の和尚」こと、トヨン和尚が撮ったポンスニとチェドンイの写真展が10周年記念イベント期間に郷公園で開かれている。
 23日には、豊岡市長とトヨン和尚のトークショウがあった。このふたりをよく知るぼくが通訳を務めた。

f0004331_17182313.jpgf0004331_17184354.jpgf0004331_171906.jpg








 このトークショウの前座として、ぼくは自作の紙芝居『とんだ とんだ! コウノトリ』(童心社)を演じた。
だって、この物語の主人公である「コウちゃん(郷公園では武生)」のひ孫こそが、J0092とJ0094だもの。

f0004331_1721261.jpgf0004331_17211939.jpgf0004331_17214365.jpg








 トークショウの後半、和尚は墨でコウノトリの絵を描くパフォーマンスをした。そして市長がこの絵に「わ」という文字を「^^」笑顔付きで書き加えた。和尚がどんな絵を描き、そこに市長がいったいどんな文字を書き加えるのか? 多くの人たちが注目し、そしてみんながほほ笑んだ実にいいパフォーマンスだった。何を隠そう、これはぼくのアイデアなのだ。

 韓国の放鳥式のとき、トヨン和尚が自らの絵本『おばあさんとコウノトリ』を市長にプレゼントする際に、即興で絵を描いてサインしていたのを見て、「これだ!」と思いついた。実は、このときすでに、トークショウの内容や流れを考えてほしいと豊岡市から相談があったのである。パフォーマンスがうけて、ほっとした^^

f0004331_17245632.jpgf0004331_17253990.jpgf0004331_17255472.jpg








 さて、パフォーマンスも終わって、和尚が自らの写真を前にギャラリートークをはじめると、何と、J0092とJ0094のお母さんであるJ0399がやってきた。トークショウが行われているホールのガラス戸一枚向こう側に降り立ったのだ。
 きっと、自分の息子と娘の写った写真を説明する和尚の話を聞きにきたのだろ。
 和尚に、くれぐれも自分の子どもたちが無事に安全に暮らせるよう、環境を整えてほしいと頼みにきたようでもあった。

 ぼくと和尚は次の日、J0092(チェドンイ)が生まれた「日高町山本」の人工巣塔にいって、静かに手を合わせた。そしてJ0399の思いを深く心に刻んだ。

 写真展に関する神戸新聞の記事は、ここから読めます。

 トークショウに関する神戸新聞の記事は、ここから読めます。
[PR]

by kimfang | 2015-09-27 17:26 | トピックス
15/9/22 絵本『アニマルパスウェイ』発売
f0004331_2042420.jpg
 新しい絵本『アニマルパスウェイ―人がつくった動物たちの道』が韓国で発売された。
アニマルパスウェイって何だ? そう思った人も多いことだろう。野生動物を「ロードキル」から救うために設置された人工物、もしくは空間をいう。日本ではまだ聞きなれない言葉で、これをテーマにした大人の本すらない。

 しかし韓国では、「生態通路」という呼び名で周知度は結構高い。そうなったのは、ロードキルを題材にしたドキュメンタリー映画『いつか、その道で』(ファン・ユン監督作品)が、大きな役割を果たしたからだ。

 ロードキル――。
 その名の通り、道路を渡ろうとした野生動物が車にひかれて死ぬことだ。日本の統計では、高速道路だけで年間に3万5千件ものロードキルが起きているという。しかしこの数字は高速道路だけであり、全国にある国道や県道、小さな道は含まれていない。しかも、カエルやヘビなどの両棲類やハ虫類は数字にカウントされていないのだ。

 2009年、ぼくは友人から映画『いつか、その道で』のDVDをプレゼントされて、衝撃を受けた。
映画の登場人物はおおよそ、つぎのように語った。
「ふつうよく、野生動物にとって密猟が危機というが、ロードキルはその何倍もの野生動物を殺している。わたしたちの目の前で」
「死んだ生きものは、えさになったり、土にかえったりして、ほかの生きもののために役に立つ。しかしロードキルで死んだ生きものは、何度も何度も車輪でひかれてほこりになるだけ。こんな悔しい死はない」
f0004331_20461092.jpg
 ロードキルのこと、これを防ぐ手段としてのアニマルパスウェイのこと、絵本にして訴えられないだろうか?! 2010年に作品化。だしてくれる出版社を探すのに2年。絵ができあがるのに3年待った。
 
 長くかかったが、いいこともたくさんあった。絵本が生まれるきっかけとなった映画のファン・ユン監督が推薦文を書いてくださった。
 そして3,040作もの応募のなかから、「優秀出版コンテンツ支援事業選定作」(選定140作には国から支援金が支払われる)に選んでいただいた。

 絵本を読んで、子どもたちと一緒にロードキルを考えてほしい。

東亜日報でとりあげられました。

聯合ニュースでとりあげられました。
[PR]

by kimfang | 2015-09-22 20:42 | 出版物
15/9/18 民団新聞にコウノトリの記事寄稿
f0004331_16143873.jpg
 
 現在、「読みたいウリ絵本」を連載中の民団新聞に、コウノトリの記事を寄稿した。
 日韓のコウノトリ放鳥式典の両方に参加した貴重な経験から、コウノトリをつうじた長年の日韓交流を多くのみなさん知ってもらいたくて書いた。
 
 記事全文はここから読めます。
[PR]

by kimfang | 2015-09-18 16:16 | トピックス
15/9/16 家族の健康願う「十長生」 
f0004331_1829836.jpg
韓国絵本紹介コラム26回目です。
家族の健康願う「十長生」   
 
 もうすぐ敬老の日。そこで今回は、ハラボジと孫の心のふれあいを描いた絵本、 『十長生をたずねて』(原題 십장생을 찾아서)を紹介しよう。

 ある日、大好きだったハラボジが病気になってしまった。孫の女の子が悲しみにくれていると、突然、ツル(鶴)が現れて、いう。
 「長生きしたり、病気にならない十のものを『十長生』というの。
 むかしの人びとは、家族の健康をいのって、 『十長生』のもようで家のなかのものをかざったわ」

 ツルがいう「十長生」(シプチャンセン)とは、太陽、松、ツル、シカ(鹿)、不老草(霊芝)、岩、水、カメ(亀)、山、雲などの10個。  右下の写真は屏風に描かれた「十長生図」

 ツルにいわれて女の子は、
「じゃあ、『十長生』を集めてもっていくのはどうかしら?」
 そう。「十長生」を集めていくのがこの絵本の一番の見どころだが、それをただ単に絵だけで表現していないところがこの絵本のすごさなのだ。
f0004331_18314982.jpg
 先ほどから登場しているツルは刺しゅうで、シカを集める場面では螺鈿を使っている。水を集める場面も「チョガッポ」という、韓国伝統のパッチワークで表現している。
 つまり、ただ絵で描くだけではなく、作者自らがししゅうを刺したり、伝統的な家具から飾りを取りはずして並べたり、実際にパッチワークを縫ったりしたものをコラージュして、それを写真に撮って絵をつくりあげているのだ。

 わたしはこの絵本を担当した編集者と一緒に本をつくったことがあり、彼女からこの絵本の創作秘話を聞くことができた。
 「作家さんは、女の子が山に登って雲を取るシーンを焼き物で表現するのに一番苦労されていました。
 焼き物はいくら正確に下絵をつけても、なかなかそのまま焼きあがらないものでしょ。下絵をつけては焼いて、焼き上がりに納得できなくてまた焼いて、何十枚も焼いて、ようやく絵本に使える一枚を得ました」

 女の子はついに「十長生」を集めてハラボジに届ける。果たしてハラボジは健康を取りもどすことができたのだろうか? 
 その答えは絵本を読んで確かめて。女の子の心の成長を知ることになるだろう。

 記事全文はここから読めます。

[PR]

by kimfang | 2015-09-16 18:33 | 連載
15/9/10 シルム 手に汗握る大一番 
韓国絵本紹介コラム25回目です。
シルム 手に汗握る大一番     
 
 今回は、力自慢のチャンサ(壮士・力士のこと)たちの戦いを迫力満点に描いた絵本、『シルム 韓国のすもう』(原題 씨름)を紹介しよう。
 シルムとは、むかしから韓半島で行われてきた運動競技。シルムという言葉の由来には諸説あるが、「たいへんなことを成し遂げるために努力する」という意味の「シルダ」からできた言葉というのが一般的だ。
f0004331_14341123.jpg
 右下の写真は朝鮮朝時代の画家、キム・ホンドの民俗画だ。この絵からも、シルムが当時の人たちにとって欠かすことのできない、大切なものだったことがうかがい知れる。
 シルムは、正月15日の大ポルムナル、3月3日のサムジンナル(上巳の節句)、5月5日のタノ(端午の節句)、7月15日のペクチュン(百中)、8月15日のチュソク(秋七)などの節句に行われた。

 シルムを見ようと、村じゅうの人たちが川辺の砂地や市の広場に集る。その見物客を目当てに、餅、飴、クッパ、ノリゲ(女性用の装飾品)、靴などを売る商人がまたやってきて、たくさんのお店を並べた。

 そして競技が終わると、この世で一番強いチャンサ―「天下壮士」が現れたことを祝って農楽隊がにぎやかに歌って舞ったのだ。このようにシルム大会は、単なる運動競技ではなく、村じゅうの老若男女が一緒にたのしむ大切なお祭りだったのだ。
f0004331_14351486.jpg
 さて、絵本の内容だ。
 端午の節句の日、川辺の砂地に、わいわい、どやどや、見物客がおしよせまた。次つぎとチャンサが負けて最後に残ったのは、たったふたりの男。

でてきた、でてきた、赤のチャンサ。
うおっ! 山のようにでっかいぞ!

でてきた、でてきた、青のチャンサ。
おやっ! ナツメの実ほどちっちゃいよ!

 赤のサッパ(腰と太ももに巻くひも)、青のサッパ、ぐっとしめ、礼儀正しくおじぎ。
 がっちりふたりが組み合って、相手のサッパをつかんだら、いざ、勝負!

 ところで、韓国のシルムは日本のすもうとよく似ているが、決定的にちがうところがある。シルムは組み合ってから勝負がスタート。相手を倒した方が勝ち。日本のすもうのような 「つっぱり」「寄り切り」「押しだし」がない。

 さぁ、赤のチャンサと青のチャンサの勝負。勝ってウシをもらい、そのウシに乗って農楽隊と村を練り歩いのはどちらか? 手に汗握りながら絵本を読んで、大一番の結末を見届けて。

 記事全文はここから読めます。
[PR]

by kimfang | 2015-09-10 14:35 | 連載
15/9/8 絵本『アニマルパスウェイ』入稿
 韓国の放鳥式典も無事に終わった。少しは休もうかと思ったら、日本につくなり出版社から緊急連絡が。『人がつくった動物の道―アニマルパスウェイ』の最終校正を送るので月曜日まで確認してほしいというではないか。
 ぼくの週末は休みではない。小さなカフェだが、土日はそれなりに忙しい。コウノトリ関係の仕事もまだある。そんななか、大急ぎで校正を確認した。
f0004331_1051083.jpg
おおっ!  そうきたか!!
 出版社とのやり取りに使う「ウェブハード」というオンラインファイル保存・共有サービスで表紙を見ておどろいた。
 イントロで使う予定の絵が表紙に「格上げ」されていたからだ。※以前の表紙はここから。

 先日の記事で、韓国絵本の発展にたいへんな貢献をした、イ・ホベク氏がこの絵本のデザインを担当すると書いた。数々の名作を手掛けてきたイ氏のこと、何かしてくると思っていたが、まさかの展開にびっくりした。
f0004331_1055395.jpg 
 つぎにとびら。ぼくたちが表紙にしようとしていた絵がとびらに使われていた。※以前のとびらはここから。

 おどろきはそれで終わらなかった。なんと、とびらに使おうと思っていた絵が、イントロの絵に、いや、本文最初のページの絵になっていた。※これはお見せできません^^
f0004331_1094546.jpg
それだけではない!!!
 本文の文字が左に傾いたかわいい文字になっていた。しかもポイントが小さい。
 もちろん、文章が入る位置も、数か所変わっていた。

 でも、新しいデザインの方が、やっぱりしっくりしてとてもいい^^
さすが、イ・ホベク氏!!!!

 ホント、本というものは、デザイナーでこんなにも変わるもんなんだということを実感した。
 9月8日の朝、OKをだした。その日のうちに印刷所に送られた。早ければ今月下旬にも出版される。

 おっと、大事なことをいいわすれた。この絵本は「優秀出版コンテンツ選定作品」。それを知らせるマークが表紙についている。
[PR]

by kimfang | 2015-09-10 10:10 | トピックス
15/9/3 コウノトリ放鳥式典③―放鳥
f0004331_20224444.jpg
 放鳥場所にいくと、
「豊岡市長さまは3番の箱にいってください」
 と案内された。
 急いで箱の写真を撮る。するとその箱の前で待機していたのは、先ほどの記念式でスピーチされた、ナ・ソナ文化財庁長官だった。
f0004331_20245185.jpg
 いよいよ最初のコウノトリが放たれる。歩いてしまわないだろうか? ちゃんと飛んでくれるだろうか? 心配でたまらない。

 司会者の合図で、テープが切られた。最初のコウノトリは力強く羽ばたき、見事に禮山の空を舞った。
 その瞬間、
「うわぁ―」というどよめきがあった。
 飛ばす人も見守る人も、大臣も市民も、韓国人も日本をはじめとする海外からきた人も、みんなひとつになった。

 最初のコウノトリを見あげていると2羽目が飛び、あわてて司会者の言葉を訳した。
「市長、テープを切ってください!」
 文化財庁長官と豊岡市長がともにテープを切って放った3番目のコウノトリは、一番長くきれいに大空を飛んだ。

 この日、箱を開く形のハードリリースで放鳥された成鳥のコウノトリは6羽。ケージの天井を開く形のソフトリリースで放鳥された幼鳥は2羽。計8羽のうち2羽が豊岡から譲られたコウノトリの子孫だ。

f0004331_8514091.jpg
 大空を舞うコウノトリを見ていて、10年前の豊岡での放鳥を思いだした。あのときもぼくはパク・シリョン教員大教授の通訳として式典に参加し、教授が5羽目のコウノトリを松島興二郎飼育長とともに放ったのを「飛ばす側」で間近に目撃した。
 あの日ぼくは、いつか訪れるだろう故国韓国のコウノトリ復活を全力で手伝おうと心に決めた。
 そしてその日が現実のものになり、この日また、豊岡市長の通訳として「飛ばす側」で間近でそれを目撃した。

 日韓の放鳥式典の両方に参加したのは10名ほど。そして「飛ばす側」にいたのは中貝市長とパク教授、そしてふたりの通訳としてそばにいたぼくの3名だけだ。
 この栄誉は、それまでの働きに対するご褒美なのだろう。

 前日のフォーラムで、コウノトリの郷公園の山岸園長はいった。
「明日の放鳥はゴールではありません。これからはじまる、コウノトリとの共生への長い長い道のりのスタートなのです」
 そう。これからが本当のスタート。これからももっと交流を橋渡ししなければいけないと思った式典だった。

 
[PR]

by kimfang | 2015-09-09 20:28 | トピックス
15/9/3 コウノトリ放鳥式典②―祝賀公演と記念式
f0004331_1724654.jpgf0004331_17243374.jpg
 祝賀公演がはじまった。
 舞踊団が三面太鼓を踊りだすと、何と、雨が降ってきた!
 パンソリの演者は雨に濡れながら演じている。たまりかねて関係者が傘をさした。
 プチェチュム(扇子の舞)、プンムルノリ、演目はどんどん進むが、雨は降ったりやんだり。すっきりしない。

f0004331_17255412.jpgf0004331_17261812.jpg
 それでも観客は祝賀公演に魅了されていた。
 ぼくたちはよく見ている演目だけど、日本の方たちは生まれてはじめてみるものだった。
「きれいねぇ」
「すごいねぇ」を連発されていた。

 祝賀公演が終わり、式典がはじまるころになってようやく雨はあがった。ときおり、ぱぁっと陽も差してきた。司会者は天気を回復させたのは、コウノトリたちだ!と強調した。

 環境大臣、文化財庁長官といった政府要人、そして禮山郡郡守らのスピーチのあと、時間の関係で登壇できない著名人の方たちのビデオメッセージが大型スクリーンに映しだされた。
 その、最後を飾ったのが中貝宗治豊岡市長だ。日本語で話す市長のお祝いメッセージの内容は韓国語の字幕で流れた。これを訳したのは、ほかでもなくぼくだ^^
f0004331_1729397.jpgf0004331_1730641.jpg

 いよいよ、放鳥。
 司会者は放鳥する方の名前を読みあげた。もちろん、市長の名も。 
 チンとケンガリを鳴らしながら歩くプンムルノリに先導されながら、放鳥箱が用意されている放鳥場所まで移動した。
[PR]

by kimfang | 2015-09-09 17:30 | トピックス
15/9/3 コウノトリ放鳥式典①―イェサンコウノトリ公園
f0004331_14162534.jpgf0004331_1417069.jpg
 3日の天気が気になっていた。前日の夜は雨が降り、夜更けには雷も鳴っていた。雨でも式典は開催されてコウノトリも放鳥されるだろうが、やはりいい天気のなかで大空を舞う姿を見たい。

 朝起きるとすぐにホテルの部屋の窓を開けて確認。雨はあがっていたが霧がかかっていた。でも、式典に向かうバスに乗るころには、天気はすっかり回復していてほっとした。
 
「式典までのあいだ、禮山(イェサン)コウノトリ公園を自由にご見学ください」
 担当者がそういったので色々見て回ろうと思っていたら、急にガイドさんがやってきてしっかりと説明をはじめた。自由に見学していいと聞いていたので自分たち同士で話していると、ガイドさんは険しい顔になり、さらに大きな声で説明しだした。

「あのう、こちらは豊岡市の市長さんで、コウノトリのことは詳しいんですけど」
と、ぼくが小さな声でささやくと、
「知っています。だからわたしがこうやって案内しにやってきたのじゃないですか!」
と怒り顔。

f0004331_1418171.jpgf0004331_14183865.jpgf0004331_14185572.jpg









 うわっ、自由に見学っていってたじゃない……。ガイドさんを無視することもできず、市長にその旨を伝えてガイドの方の説明を聞くことにした。ほかの日本からの参加者は雰囲気を察したらしく、「自由」を求めてよそにいった。ぼくはガイドの説明を訳すという「追加の仕事」をさせられることになった。

 でも、さすがに選ばれしガイドの方だ。説明が非常にうまかった。
 ぼくが市長に、「豊岡 世界最初のコウノトリ再導入地域と書いてありますよ」「ここにも、豊岡のことが」というと、市長はそのたびにスマホで写真を撮られていた。

 2階にはお茶が飲める休憩場もあり、そこから展示用のコウノトリ(風切り羽が少し切ってあって飛べない。羽は生え変わる)を見ることができた。

 と、いよいよ式典がはじるという場内アナウンス。あぁ~でもやっぱり、もっと自由に見たかった^^
そんなことをいっても仕方がない。ぼくたちは来賓席へ向かった。
[PR]

by kimfang | 2015-09-09 14:19 | トピックス
15/9/2 第1回 韓半島 コウノトリ保全のための国際フォーラム
f0004331_20412072.jpg
 韓国初のコウノトリ放鳥を明日に控えた9月2日。韓国忠清南道禮山郡の禮山文化館にて「第1回 韓半島 コウノトリ保全のための国際フォーラム」が開催された。
 ぼくは、このフォーラムで基調講演をされる中貝宗治豊岡市長、特別講演をされる江崎保男兵庫県立大学教授、自由討論に参加される山岸哲コウノトリの郷公園園長の韓国語通訳として参加した。
f0004331_18313378.jpg

 会場に着くと文化館に大きな横断幕がかかげられていて、前述の講師先生方とともに、中国安徽大学の周立志教授、ドイツのキャサリン・キングさんが顔写真入りで紹介されていた。当然、韓国のコウノトリ研究の第一人者である、韓国教員大学のパク・シリョン教授も紹介されている。

 横断幕に顔写真が紹介されているのは6名。中国の周教授とドイツのキングさんを除くほかの4名の講演と討論をぼくがひとりで訳さなければいけないと思うと、まだ、はじまっていないのに、ずんと気が重たくなった。

 案の定、会場に入るなり、明日の放鳥式典で流す市長のお祝いビデオメッセージ撮りがあり(左上 / 豊岡市撮影)、韓国語の訳をつけるので訳してくれといわれてあわてて訳していると、すぐにきてくれと強引に連れていかれた控室ではすでに20人ほどが座っていて、教員大の総長と豊岡市長が英語で会話してした。(写真左)
f0004331_2043677.jpgf0004331_20442565.jpg
 そこへ禮山郡の郡守さんまでやってきて(写真右)、こっちを訳せ、あっちを訳せとドタバタ。
 するとシックなグレーのワンピースに身を包んだ美女がやってきて、流ちょうな日本語で訳しはじめたではないか!
「もしかして、キム・ハンナさん?」
「はい。所長から、理事をお助けしろと。朝一番のバスで、ソウルからやってきました」

 今回のフォーラムと放鳥式典は、韓国教員大学と禮山郡の主催。そして後援が、環境省、文化財庁、自然の友研究所、韓国環境生態研究所だ。
 何を隠そう、ぼくは後援団体の「自然の友研究所」の理事なのである^^

 そういえば、数日前、オ・チャンギル所長から、
「実はわたしはNPOの方の日韓交流会の通訳をするのでフォーラムはいけなくなりました。その代わり、『優秀な秘書』を送りますので」
と、聞いていた。
 本当に優秀で、たくさん助けてもらった。

f0004331_18145688.jpgf0004331_18153124.jpg
f0004331_20471974.jpg

 







 中貝市長(左 / 豊岡市撮影)、江崎教授(中央 / 豊岡市撮影)、パク教授の講演を全力で通訳したのでもうへとへと。山岸園長(右)が発言された最後の討論会は、今度は彼女が通訳。ぼくが「秘書」として彼女をサポート。
 フォーラムは無事に終了した。

 ところで、冒頭のタイトルをもう一度、見てほしい。「第1回」とある。そして「韓半島」とある。
 正直なところ、日本の国際会議で通訳をしてきたぼくから見ると、今回の国際会議の運営や内容に不満はある。けれども、生きものに関心が薄い韓国の、それもかなりの田舎町でいきなりコウノトリの国際会議が開かれたのだから仕方ないのかもしれない。第2回、第3回…と続くなかで、今回の教訓を活かしてくれると信じたい。

 そして、主催者が「韓半島」とした理由にも少し触れたい。半島でコウノトリが最後までいたのは北朝鮮だといわれている。西海岸、DMZの北、中国大陸に向かってせりだしているところである黄海南道にコウノトリが多くいたという文献もある。韓国で放鳥したコウノトリはやがて、その黄海南道やDMZに飛んでいくだろう。北朝鮮が、半島の一員としてこのフォーラムに参加する日がやってくることを期待しているのだ。そんなフォーラムに成長してくれることをぼくも望んでいる。
[PR]

by kimfang | 2015-09-08 20:50 | トピックス