動物児童文学作家のキム・ファンです!!
06/7/27 朝日新聞に紹介されました!
7月27日付の朝日新聞(関西版)で、
『宝塚の「サクラ」韓国でも人気 ゾウの悲喜劇、出版へ』という見出しで紹介されました。
(写真入りです)
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200607270092.html
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# by kimfang | 2006-07-28 08:08 | トピックス
06/8/2-6 絵本の読み聞かせとお話をします!
京都国際交流会館で絵本の読み聞かせとお話をします!
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 絵本のどうぶつうえんにでかけよう 世界の絵本展
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時間14:00-15:00 京都国際交流会館 2階 姉妹都市コーナー

 世界の絵本が150冊以上展示されます。
 私のとっておきの絵本も同時に展示。
 絵本を読んで、日本と韓国の動物交流のお話をします。
 当日、私の絵本を販売しています。
 どうぞ、親子でおこしください。
 入場無料。ただし、予約が必要です。
 詳しくは、075-752-1187 京都国際交流会館まで

 日程、チラシ
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# by kimfang | 2006-07-13 16:16 | トピックス
2006/ 最優秀作品賞を受賞しました!
第1回子どものための感動ノンフィクション大賞 最優秀作品賞を受賞しました!

 この賞は日本児童文学者協会が創立60周年を記念して新しく設立した賞です。
 受賞作 『サクラ-日本から韓国へと渡ったゾウたちの物語-』は、学研より出版予定です。
 ゾウのサクラは、1965年にタイから宝塚ファミリーランドにやってきました。
同園の閉園に伴い、2003年5月に韓国のソウル大公園にある動物園に引っ越しました。
 実は、日本から韓国へと渡ったゾウは、サクラがはじめてでなく、過去にも2頭いたのです。
最初に渡ったのは、1408年に小浜に着いた日本初のゾウでした。
そして2頭目は、朝鮮が日本の植民地時代でした。
 過去に渡った2頭は、かわいそうな最後を遂げます。サクラも「かわいそうな ぞう」になってしまうのか……

 
【受賞のことば】 2006年 5-6月号 日本児童文学 掲載
 
 「なんともなー」。これは閉園した宝塚ファミリーランドの元飼育員、江草史朗さんのおどろきの声。私が、韓国のソウル大公園に引っ越したサクラが、人気投票で3位になったことを伝えたときにおっしゃった言葉です。「ソウル大公園には珍しい動物もたくさんいるのに、3位がゾウだなんて信じられない! ゾウもたくさんいるのに、ほかのゾウをさしおいて、なんともなー」。江草さんの笑顔が忘れられません。
 受賞の連絡を頂いたとき、私も、「日韓の悲しい歴史に触れる重いテーマ。しかも、数多く書かれてきたゾウのお話なのに、なんともなー」といってしまいました。今だからこそ、子どもたちに読んでもらいたい。受賞理由を聞き、資料集めを手伝ってくれたり、壁にぶち当たるたびに励ましてくれたりした日韓の友人の顔が浮かびました。日本から韓国へ渡ったゾウたちの物語が、両国の友好発展に役立ってくれるよう願っています。

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担当のパク飼育員からエサをもらうサクラ ソウル大公園の人気もの―サクラ紹介文
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# by kimfang | 2006-05-15 10:53 | トピックス
06/3/26-4/21 ヤマネコに会う
 ツシマヤマネコに会いたくて、井の頭自然文化園と対馬野生動物保護センターを訪れました。

f0004331_1233414.jpg 1998年は、東京都と韓国ソウル特別市が友好都市提携を結んで10周年になる年だった。そこで両都市は記念に動物を交換することに。99年、多摩動物公園からコウノトリの有精卵4個が韓国に。そして00年8月に井の頭自然文化園にやってきたのが、トラとマヤというアムールヤマネコだ。

 2006年3月26日 韓国からやってきたヤマネコに会う。

f0004331_1234857.jpg ペアはいきなり10月に3頭の親になるが、子どもは全て死んだ。しかし翌年5月には、ソラ、ユウキ、パラム(風)、アイの4頭を無事に育てている。02年には、ダイチとメアリ(やまびこ)のペアが韓国からやってくるも、妻のメアリが死んでしまったので、ダイチはアイを妻に迎えたのだ。

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 この韓国のアムールヤマネコと同じ種類といわれているのがツシマヤマネコ。

f0004331_12374031.jpg  2006年4月21日 対馬の対馬野生動物保護センターでツシマヤマネコを見た。

 ぼくが見たのは、ネコエイズにかかっていることがわかって、自然に帰れなくなったツシ丸。刺激を与えてはいけないということで写真撮影はできなかった。

f0004331_1238257.jpg 対馬では1980年から、毎年8月に「アリラン祭」を行なっている。

 ヤマネコを通じた交流も盛んになってきた。
 ヤマネコが「現在の通信使」になればいい。
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# by kimfang | 2006-04-21 10:55 | 取材ノート
2006/2/15 能勢町立田尻小学校
2月15日 能勢町立田尻小学校でお話をしました。
 
 京都朝鮮第3初級学校のオモニたちが、人形劇、『けちんぼおやじとトッケビ』を上演しました。
 そのあと、私がカワウソとコウノトリのお話をしました。
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 子どもたちとオモニたちは、給食を一緒にいただきながらたのしいひとときをすごしました。
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 食事のあとで、二年生のみなさんが、紙芝居、『とらとふえふき』と、朝鮮半島のコマ、ペンイを披露してくれました。
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 とても上手でおどろきました。

  感想文より
 金ファンさんとオモニへ
 今日は、人形げきをしてくれてありがとうございました。
 ぼくの、おじいちゃんがとよおかにすんでいます。
 オモニの一人がペンイの新しいまわしかたをおしえてくれてありがとう。
 新しいまわしかたでまわせた。
(二年生の生徒)

 金さんとオモニのみなさんへ
 今日はかんこくのおばけトッケビの人形の事やコウノトリの事をくわしく教えて下さってどうも、ありがとうございました。人形げきは、とってもおもしろかったです。いろんなくふうができていました。トッケビは、日本のおばけとぜんぜんちがうのでびっくりしました。
 赤色のカッパがいると思っている人もいると聞いて、「そう思っている人もいるんだなぁ」と思いました。話がとても、わかりやすくて良かったです。金晃さんが書いた本、『くちばしがおれたコウノトリ』の本は、前、本屋さんで見たことがありました。
 コウノトリのコウちゃんは、死んじゃって、「かわいそうだなぁ」と思ったけど子どもがいるのでコウちゃんのぶんも、元気に飛んでほしいなぁと思いました。
 カワウソは動物園で見た事があるけど、こんなにくわしく教えてもらったのは初めてでいいけいけんになったと思います。
 今日、かんこくの事を教えてもらって私は、「これからかんこくの事を調べてみたいなぁ」と思いました。
(四年生の生徒)

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# by kimfang | 2006-03-03 12:47 | トピックス
2005/12/2 池田市立細河小学校
 2005年12月2日、池田市立細河小学校で、高学年約150人、保護者約20人、先生約25人に「カッパがとりもつに日韓交流」という題でお話しました。

子どもたちの感想から
 私の大好きなおばけの話とか動物の話とかで聞き入ってしまいました。韓国のおばけの『トッケビ』の話は今まで聞いたことがなかったし、とてもおもしろかった。

 韓国と日本が、むかしケンカしたなんて知らなかった。早く仲良くなって、日本の野生のカワウソがよみがえってほしいです。

保護者からの感想から
 楽しい子どもをひきつける語り口で、日本と韓国のおばけの違いや、カッパのお話、コウノトリのお話と、とても楽しく聞かせていただきました。

 宝塚ファミリーランドにいたゾウの※『サクラちゃん』が韓国にいることも、初めて知ることができ、とても興味深いお話でした。

 ※『サクラ-日本から韓国へ渡ったゾウたちの物語-』は、夏前に学研から出版されることになりました!
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# by kimfang | 2006-01-13 12:27 | トピックス
2005/10/22 箕面市立萱野北小学校
f0004331_12441754.jpg 箕面市立萱野北小学校にいきました。1,2年生に日本と韓国の動物の鳴き声のちがいをお話しました。
 韓国からの留学生、鄭碩煥さんが韓国語の鳴き声を熱演! やはり、本国の人の発音はちがう。子どもたちは、日本語の鳴き声を鄭さんに教えました。

  • イヌは? ワンワン      → 멍멍 モンモン
  • ネコは? ニャオニャオ   → 야웅야웅 ヤウーンヤウーン
  • ネズミは? チューチュー  → 찍찍 チクチク
  • カエルは? ケロケロ    → 개굴개굴 ケグルケグル
  • トラは? ガオー       → 어흥 オフーン
  • ツクツクボウシは? ツクツクボウシツクツクボウシ
             → 고추고추고추씨알 コチュコチュコチュシアル
    (※ちなみにこれは、トウガラシ トウガラシ トウガラシのたね という意味)
 鄭さんは、博士号を持つコウノトリの研究者。最後に鄭博士からコウノトリのお話を聞きました。
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# by kimfang | 2006-01-12 12:38 | トピックス
05/1/8 韓国コウノトリ復元センターに行きました。
 1999年3月3日に多摩動物公園から卵で韓国に渡り、韓国初のヒナを生んで「韓国のコウノトリのオモニ」になった(チョン)(チュ)()(青出)に会いに行った。

 1999年は東京都とソウル特別市が友好都市となって10周年の節目に当たる年だった。ソウル大公園から多摩動物公園にアムールヤマネコが、多摩動物公園からはコウノトリの受精卵が韓国教員大学に贈られた。

 海を渡った卵は4個。そのうち3月9日と11日にふ化したメスの(チョン)(チュ)()(青出)とオスの()()()(於藍)の2羽が育った。そしてメスの(チョン)(チュ)()(青出)はドイツからやってきたオスの(チャ)()()(自然)とつがいになり、2002年4月19日に、韓国初となるヒナを2羽かえした!

 これは84年に世界で初めて成功した中国、86年のドイツ、88年の日本(多摩動物公園)に次ぐ世界で4番目の快挙。
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 韓国教員大学内にある、「韓国コウノトリ復元センター」

 案内板もコウノトリ
 (右)パク・シヨン教授
 (左)故キム・スイル教授
 両教授が卵を韓国に運んだ。

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 チョンチュリ(青出)とチャヨニ(自然)の夫婦

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 チョンチュリが産んだ()(ノン)()(韓国初の繁殖成功)

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 繁殖の成功を記念して造られた「高貴なる誕生」の碑

 日本では、「第3回コウノトリ未来・国際かいぎ」に於いて、2005年9月24日に「試験放鳥」が予定されている。僕も参加して後日報告。

 韓国では2008年までに豊岡の「コウノトリ郷公園」のような「野生復帰施設」を造り、2012年に自然放鳥を予定している。
 韓国のコウノトリ(05年5月19日現在33羽)の今は、황새사랑(コウノトリLOVE)を。

 僕は、日・韓国の「コウノトリの野生復帰への取り組み」を描いた児童書『日本のコウノトリも韓国のコウノトリもよみがえれ!』を日・韓両国で出版する予定!
 先に韓国で、『한국의황새도일본의황새도돌아와라!』(韓国のコウノトリも日本のコウノトリもよみがえれ!)が出る予定です。おたのしみに。
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# by kimfang | 2005-01-16 12:53 | 取材ノート
絵本『くちばしのおれたコウノトリ』
f0004331_1146082.gif絵本・ちきゅうのともだちシリーズ

今度はノンフィクション(実話)!
絶滅したコウノトリを 再び大空へ
そんな熱い想いを絵本にしました!

キム・ファン 文 / あらた ひとむ 絵
素人(そじん)社
2003年11月発売 1500円(税別)

ストーリー
 1970年12月。
 福井県武生(たけふ)に一羽のトリがまいおりると、町は大さわぎになりました。
 それもそのはず、そのトリは日本に二羽しか残っていない特別天然記念物―コウノトリだったからです。
f0004331_11474262.gif ところが、大さわぎの原因は、それだけではありませんでした。
まいおりたコウノトリのくちばしが、約八センチもおれていたからです。
 町は白山(しらやま)小学校のせいとに、コウノトリを見守るようたのみました。
せいとたちはコウノトリを「コウちゃん」と名づけ、エサ場を作ったりフナを集めたりして見守りました。
 けれども、コウちゃんは日に日にやつれていきました。・・・・・・

「あとがき」より
f0004331_11501081.jpg 20世紀、人類は126種で145の野生復帰計画をおこないました。しかし、成功と呼べるものは、15種の16計画だけです。コウノトリの野生復帰計画も、まだ、成功してはいません。それほど自然は繊細で壊れやすく、一度失うと、容易には元に戻らないのです。けれども、コウノトリは、どんなに時間がかかっても、人間の手で自然に帰してやらねばなりません。なぜなら、彼らはわれわれの身代わりになって自然の大切さを教えてくれたのですから。
f0004331_115148.jpg  この物語を書くにあたって、こころよく取材に協力してくださった、松島興治郎飼育長、佐藤稔主任飼育員、佐竹節夫「コウノトリ文化館」館長、つたない文章にあたたかい助言をくださった梓加依先生(京都学園大学)、そしてすてきな絵をつけてくださった、あらたひとむさんにお礼を申し上げます。
 動物児童文学作家 キム・ファン)

豊岡市立コウノトリ文化館・コウノピア
館長 佐竹節夫さんのメッセージ

f0004331_11532351.jpg みなさん、こんにちは。私たちは、兵庫県の日本海側にある豊岡市で、コウノトリをもう一度自然の中に帰し、大空で自由に羽ばたかせてやる事業に取り組んでいる者です。
 先ほど、金先生からお話しがあったように、コウノトリは30年も前に日本の空から姿を消してしまいました。今では、たまに日本のどこかに大陸から渡ってくるだけです。それも冬の間だけで、大体が仲間とはぐれた1羽だけです。なぜ、コウノトリは日本からいなくなってしまったのでしょう。なぜ、大陸からたくさんのコウノトリが日本に来て、定着してくれないのでしょう。
 コウノトリが家の屋根に巣をかけている写真を見たことがありますか。そう、コウノトリは人間が暮らしているところが好きなのです。言い方を変えれば、コウノトリは、もともと人間と一緒に暮らさなければ生きていけない鳥なのです。それをかつての人々は、人間に都合のいいことだけを考えて、コウノトリのことは考えませんでした。だから、コウノトリは居場所がなくなり、追い出されて、とうとう滅んでしまったのです。そしてこれは、昔の話しだけではありません。今でも日本にはコウノトリを快く迎えてくれる場所がないので、やっぱり定着できずにすぐ大陸に帰ってしまいます。
 最近になって人々は、コウノトリが暮らせないような環境は、自分たち人間にとってもいい環境ではないことが分かってきました。公害問題が起こったり、自然が少なくなって災害が起こったりするからです。そこで、自然保護や動物のことを考え、守っていく人々が増えています。金先生は、特に熱心な方だと思います。
 豊岡市では、36年前からコウノトリを人工飼育しており、今では71羽にまで増えてきました。今年も赤ちゃんが生まれそうです。たくさんの数になったので、かつてコウノトリが暮らしていた同じ場所に放してやる計画をしています。また過去と同じように人間が追い出したら、今度こそコウノトリは全滅してしまいます。そして日本全体が人間も住みづらい国になってしまうでしょう。だから、コウノトリが帰ってきても安心して暮らせるように、一生懸命に環境づくりに取り組んでいるところです。だけども、それには長い年月がかかります。大人の人だけではとても時間が足りませんので、次の世代の人にバトンタッチしていかなければなりません。
f0004331_11573275.jpg そうです。
 みなさんの手にかかっているのです。今日の金先生の話しを思い出して、みなさんの近くにいる動物、たとえば小鳥やカエルに興味がでてきたら私たちもうれしいです。
 できたら彼ら、生きものの様子を観察してください。きっといろんな発見ができると思います。同じように、友達のことも外国の人のことも少しよく見ると、今までと違った面が分かるかもしれません。私たちはそれを、「共生」への第1歩と考えています。
 もし機会があれば、コウノトリ文化館にお越しください。コウノトリと一緒に歓迎します。
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# by kimfang | 2003-11-17 11:25 | 出版物
絵本『のんたとスナメリの海』
f0004331_14272787.gif絵本・ちきゅうのともだちシリーズ

瀬戸内の漁師 のんた と スナメリ との物語
いつまでも 人間とスナメリが
共生できることを願って

キム・ファン 文 / 藤井広野 絵
素人(そじん)社
2002年5月発売 1500円(税別)

ストーリー
f0004331_14291627.jpg むかしむかし瀬戸内の三角島に、のんたという漁師が住んでいた。のんたは貧しくて網も買えなかったが、のんびり暮らせて幸せだった。ある日、村のおかしらが一匹のスナメリの目を砕いてからというもの、三角島の海ではタイやスズキが釣れなくなった。焦った村人は、きたうら(日本海側)がクジラ漁で潤っていると聞くや、自分たちの網をつないでクジラをとることにする。ところが、やって来た大クジラは村人の網を全部持って行ってしまう。途方に暮れる村人を救うべく立ち上がったのんたは、やがて、「スナメリ網代漁(あじろりょう)」を思いつく!

「あとがき」より
f0004331_14295112.jpg 瀬戸内海にうかぶ阿波島には、スナメリをまつった祠があります。漁師さんたちのスナメリへの感謝の気持ちの印です。ぼくは祠の写真を見ながら、「スナメリ網代漁」を最初に思いついた人はいったいどんな人だったんだろう? と考えました。きっと、人にもスナメリにもやさしい、とても心のゆたかな人のはず。そんな漁師さんやスナメリに会いたいなぁと思い、瀬戸内海へでかけました。
 けれども、祠のある天然記念物に指定されている広島県竹原の海には、スナメリはおろか、漁師さんの姿さえありませんでした。今、瀬戸内海のスナメリは、長島や祝島がある山口県の上関地区に残っているだけで、ほかの地域ではほとんど見られなくなっています。なのに、この上関の長島に、原子力発電所が建設されようとしているのです。もしも原子力発電所が建設されれば、わずかに残ったスナメリにも大きな影響がでることにまちがいありません。人の手におえない原子力発電所という「大クジラ」を追いかけるのではなく、「小さなクジラ」スナメリと暮らしてきたことを、この物語を読んで思いだしてほしいと願っています。
 ぼくにこの物語を書くことをすすめてくださった「長島の自然を守る会」のみなさま、貴重なスナメリのお話を聞かせてくださった祝島をはじめとする瀬戸内の漁師のみなさま、広島県での取材に協力してくださった吉田徳成さん、竹原市立図書館館長の玉田静男さん、つたない文章にあたたかい助言をくださった京都学園大学の梓加依先生、立派な解説文を寄稿してくださった帝京科学大学の粕谷俊雄先生、そしてすてきな絵を描いてくださった藤井広野さんにお礼を申しあげます。
   2002年3月 動物児童文学作家 キム・ファン

解説文
 粕谷俊雄 教授 (帝京科学大学アニマルサイエンス学科) より解説文を寄稿していただきました。
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# by kimfang | 2002-05-17 14:15 | 出版物