動物児童文学作家のキム・ファンです!!
08/10/29-11/2 ラムサール報告 ① 潜入! トキ飼育施設
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 ラムサール会議に 무탈하게 (無事に)行って帰ってきたといいたいところだが、ははは、それがついものように탈(事故・変事)だらけ。ラムサール会議の話はあとにして、こぼれ話からはじめよう。

 今回の訪韓は豊岡市長の通訳兼ガイドとしての仕事。中貝宗治市長さんと、市職員の宮垣さんとぼくの三人の訪問団。市長さんの二度の講演と、二か所の表敬訪問が組まれていた。 

 しかし、ぼくの狙いは何といっても非公開のトキ飼育施設に「潜入」することだった。中国から韓国へやってきた「国賓」のトキは、すでに10月17日にお着きだ。
 そのトキを、専用機をチャーターしてもらってきたのが、慶尚南道の金台鎬知事と昌寧郡の金忠植郡守。この二人と豊岡市長の会談が組まれていたので、もしかするとトキとの対面が実現するのでは?と大いに期待していた。
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 実は、韓国に渡る前に、すでにトキの絵本の原稿を出版社に送っている。今、韓国中が注目しているトキと会ったとなれば、それは契約の強い追い風になること間違いなし。
 トキが飼育されているのは昌寧郡。郡守と市長さんの会談は31日だ。ぼくは祈るような気持ちで、その「トキ」を待った。

 いよいよその日がきた。会談(左上/右から二人目が市長。左から二人目が郡守)を無事に終えたぼくたちは、ラムサールに登録されているウポ湿地を見学した。
 8月に行ったときときとは、まるで違う景色。鳥の種類と、数が、けた違いだった。ゆっくり観察したい。なのに、見学時間はあまりにも短かった。
 前日、突然に決まった鎮海市長との会談のせいで、滞在時間が大幅に削られたのだ。
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 せかされるように車に乗り込む頃には、もうトキには会えないだろうと諦めていた。
 ところが車は、ワゴンが一台しか入れないくらいの狭くてきつい坂道を登りだした。もちろん、舗装などされていない。
 すぐに「立入り禁止」と書かれた札がかかったゲートの前についた。
 何と、トキ飼育施設を見せてくれるというではないか! 
 ついに念願の、「トキ復元センター」にやってきたのだ。
 「国賓」のトキだから、直接見ることなんて、とってもじゃないができない。モニター越しで見るだけでも、とんでもなくすごいことだ。センターの職員に「日本人は来たことがあるの?」と、たずねると「ないです」という。
 市長は「そうですかぁ、日本人初は光栄だな。宮垣君、君は日本人で二番目だ」と笑った。
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 「じゃあ、ぼくは在日初ですね。せまっ!」と、返してから続けた。「と、いってもこんなところにやってくる在日なんて、これから先、誰もいないでしょ」

 しかしそこで、イザコザが始まった。
 同行していたmbcテレビが、トキが映ったモニターを撮ろうとして、センター職員とトラブルになったのだ。
 職員はやめろというが、テレビ局も引かない。「これくらいいいだろう」、「いやっ、規約だからダメだ」の押し問答の最中に、市長さんが携帯でカシャッ。画像を撮ってしまった。
 おおっ!
 みんな、あっけに取られた。
 が、言葉がわからないのでどうしようもない。
 念のために聞くと、報道規制(どこかに先に許可するとえこひいきになる)が問題だから市長さんは大丈夫という。
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 ならばぼくも! 
 と、カメラを取りだそうとしたら、テレビ局が市長のインタビューを撮りたいので早く来てくれというではないか・・・こんな、チャンスに・・・あ゛・・・
 結局、ぼくはトキの写真を撮れなかったのだ。とほほほ。

 次の訪問地、鎮海市へと向かう車の中で、市長さんから赤外線で映像をもらっていると、宮垣さんが耳元でささやいた。
 「ぼく、市長のインタビューの間にちゃんとカメラに収めました。あげますよ。日本に帰ったら送ります」
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 それが、この写真。
 もちろん、出版社にも、この写真を送った。どゃっ!
 果たして、絵本契約の決め手となったのやら・・・
 スランプ脱出はトキにかかっている。
                         中国からきやってきたトキ飼育員と。
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# by kimfang | 2008-11-07 21:04 | 取材ノート
08/10/20 絵本のスランプ脱出?
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 先日、韓国の出版社―한솔수북から契約書が届いた。小学館から出た『ふわふわくもパン』の版元だ。二部送られてきた契約書にハンコを押して、一部を送ればいいのだが、数日間しげしげと眺めてから、今日、やっと送った。

 長かったなぁ。思い起こせば、なんと、5年ぶりの絵本の契約成立。出版は来年だから6年ぶりの絵本となる。
 01,02,03年と、続けて絵本が出て、04年には、アジア児童文学大会で日本を代表して「絵本で環境保護を訴える」という論文まで発表。得意になっていたのに・・・

 論文発表のあと、著名な大先生からアドバイスをもらった。
 「生き物のために絵本を出すのはいいが、もっと文学性と芸術性を追及してほしい」。
 若かったぼくは、すぐに反論した。
 「それでは時間がかかります。その間に彼らが絶滅してしまう。とにかく彼らのことを知らせることが一番です」と。
 すると、先生は笑いながらいった。
 「高い文学性と芸術性があれば、結果的に、そっちの方がずっと生き物のためになります」
 ぼくは心の中で、「時代遅れの説教は、もうたくさんだ」とバカにしていた。
 
 しかし、誰もが知らない新しいネタなんて、そういくつもあるわけではない。取材にだって、結構、時間がかかる。そのうちに、実力のある人が、ぼくが追いかけていたネタで先に絵本を出していった。
 すでに知られたネタで書くには、大先生から忠告されたように、文学性と芸術性を追い求めなくてはいけない。
 そうなると、真の実力のないぼくの作品は採用されない。
 そんなときにノンフィクションの賞をいただき、長編や科学読み物の仕事ばかりが増えた。
 「絵本作家」と呼ばれていたのに仕事がこない・・・日本でも韓国でも絵本がでなくなってしまったのだ。
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 こうなれば、恥を忍んで教えを乞うしかない。韓国から絵本作家がくると積極的に会いにいき、自分が書いた作品を読んでもらった。
 でも、会った絵本作家はみな年下で女性。ぼくに気を使って、なかなか厳しい話をしてくれない。まぁ、苦労の末に編みだした技術は、そう簡単には教えられない、というのが本当のところだろう。

 そんな6月、ウリハッキョをテーマにした本を出すために、韓国絵本のビッグネームたちが日本にやってきた。嬉しいことに、京都までわざわざ足を運んでくださった。こんなチャンスは二度とない。
 別れ際、100冊を超える著作がある超人気作家で、日本でも『うんちのちから』を出されているホ・ウンミさんに作品を渡した。
 その中の一作が、彼女の目にとまり、今回、契約の運びとなった。 『巣箱』の話だ。

 
 実は、何が? どうよかって、契約に至ったのか? 
 本人も、あまり、よく分かっていない ^^
 でも、それを悟るヒントをホ・ウンミさん(一番左)からいただいた。
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 彼女はいう。絵本の文は絵を想定して書かないといけない。文はひとつの「歌」。それを「交響曲」、つまり、オーケストラしてくれるのが絵だと教えてくれた。

 ぼくは、今まで、絵本の文は「歌詞」だと思っていた。「曲」を付けるのは画家さんと信じて疑わなかった。しかし、「詞」も「曲」もつくって「歌」にしてから画家さんに渡すことによって、文と絵が響きあい、「交響曲」になることを教わった。

 ホ・ウンミさんに渡した作品は、たまたま絵のイメージまで書き込んだ作品だったというのが、幸運だったのかも知れない。

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 今回契約となった絵本『巣箱』の絵は、『경복궁(慶福宮)』などの作品で知られるイ・スンウォンさがつけてくださることになった。

 しっかり書き込んでいるけど、ふわっとした色使い。
どんな絵になるのか、今から楽しみだ。

 でも、本当にスランプ脱出か?どうか?
 それは、次の契約が取れるかにかかっている。

 また、5年かかるかもね。
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# by kimfang | 2008-10-20 18:37 | トピックス
08/10/17 ついに、韓国にトキがやってきた!
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 待ち焦がれた「恋人」、トキがついにやってきた!
 
 この日、韓国のマスコミはトキの話題でいっぱい。
 中央日報の記事
 輸送の過程はここをクリック動画映像でどうぞ。

 やってきたのは繁殖経験もある5歳の夫婦。

 オス、洋州 ヤンジョウ(中国語読み) ヤンジュ(韓国語読み)
 メス、龍亭 ロンティン(中国語読み) ヨンジョン(韓国語読み)
 
 来年のひな誕生も夢じゃない。

写真は、一緒にやってきた中国の飼育指導員さん。

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 なんとか、このトキ夫婦に会えないものかなぁ? 

 韓国昌原市で開催される「第10回 ラムサール条約締約国会議」に中貝宗治・豊岡市長が出席される。

 ぼくはガイド兼通訳として市長に同行することになった。

 トキ復元センターがある慶尚南道の金台鎬(キム・テホ)道知事と昌寧郡の金忠植(キム・チュンシク)郡守と会うことにもなっている。

 きっと韓国側も、トキ飼育施設は見せたいはずだ。トキに会うのも夢でないかも知れない。

 頼みまっせ。会わしてや、知事さん(左)、郡守さん(右)! 
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# by kimfang | 2008-10-17 22:28 | 取材ノート
2008/9/25 はらはらトキトキ
  トキの放鳥式典に参加するため、9月24日、佐渡へと向かった。
 ぼくに与えられた任務は、来日する韓国訪問団を、その日のうちに佐渡へ連れていくこと。
 
 彼らは日本に来るのが初めて。日本語もできないし、子ども3人に女性ひとりというやっかいな構成。しかも、ぼくも、佐渡へは一度もいったことがない。
 
 さらにこの任務には、とんでもない「時限爆弾」がついていた。
 新潟港から乗る船はその日の最終便になってしまう。もしも乗り遅れると佐渡島へは渡れない。そうなると、夜のレセプションに参加できないばかりか、宿探しまでしなくてはいけないことになってしまうのだ。

 仮にノーミスで旅程をこなしても、時間の余裕は10分がいいところ。まさに「時限爆弾」を背負った旅行だった。

新聞社は「大丈夫でしょうか?」聞いてきたが、「あかん」とはいえない。そう。ぼくの旅行代金は新聞社持ち。断るわけにはいかない。

 果たして無事に佐渡へたどり着けたのか?
 当日のはらはらドキドキに、しばしお付き合いを願いたい。

 12:30 一行到着。(彼らは早朝6時に家を出たという。)
 13:10 関空からバスで伊丹空港へ。
 14:30 必要な荷物だけ出して、他はロッカーへ入れた。「作戦」どおり、順調だ。

 記者さん(佐渡で待っている)とぼくが考えた「作戦」が、 このロッカー。大きな荷物をちんたら転がしていたら時間がなくなる。それは妙案と得意になっていた。

 15:00 飛行機出発30分前にボディチェック。
 荷物の審査を無事通過っと思ったら、伊丹空港の検査官に呼び止められた。
 旅行バックを開いてくれという。通訳すると、わかったとカギを探しはじめた。
 が、カギがない。
 代表者の女性は手持ちのハントバックの中身を全部出すも、旅行バックのカギが見当たらない。

 えっ?  カギはロッカーに入れた荷物の中だって・・・
 アイゴー! 「作戦」は見事に裏目に出てしまったのだ。
 
 時計を見ると出発まで、あと10分。女性はロッカーへ走り、ぼくは必死に搭乗口へ走った。その搭乗口が皮肉にも一番奥でヘロヘロ。
 出発せずに待ってくれと頼み、また、検査口へ。ゼーゼー。

 15:25 どうにか搭乗口に入るも、今度は、訪問団がひとつにまとめた旅行バックが大きすぎて、機内に持ち込めないというではないか! 

 飛行機が新潟空港に着くのは16:30。そこからタクシーで移動し、何としても、17:10の船に乗らなくてはいけない。
 もしも貨物室への預かり荷物となれば、荷物が出てくるまで動けない。つまり、船に乗れなくなってしまう可能性がある。

 あかん、あかん、絶対に機内に持ちこまへんと!
 ぼくは、その旨を職員に力説したが、まったく取り合ってくれない。
 でも、こちらも引けない。
 上司がやって来て、また、抗論。導き出された折衷案は、貨物室へ乗せるが、一番最初に出すというものだった。
 
 16:30 飛行機は予定通り新潟空港へ着くも、やはり、荷物が出てこない。一番に出てきたが、すでに16:45。あと25分しかない。

 17:05 タクシーが新潟港の佐渡汽船の乗り場へ滑り込む。
 階段を駆け上がって切符を購入。そのとき、ちょうど乗船開始。

 17:10 座ると同時に佐渡へ向けて船は出た。
 18:15 「無事?」佐渡鹿島へ到着。

 ほんま、ハラハラ朱鷺朱鷺の一日だった。あ~しんど~

 けれども、あくる日、トキが大空へ帰るのを見ると、疲れも空へ飛んでいった。

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# by kimfang | 2008-09-25 21:49 | 取材ノート
2008/8/18 韓国にトキがやってくる ③
    ウポるたーじゅ ③ 方言おそるべし

 今回の取材で一番苦労したのは、他でもなく、ことば。
 
 ― 何をいってるの? あなた通訳で行ったんでしょ。
 
 そう突っ込まれそうだが、いやぁあ、本場のど田舎の方言は想像を遥かに超えるほど難解だった。
 トキ学校のイ・インシク校長先生はわかりやすい共通語(標準語という表現はあまり好かない)で話してくれたが、地元の人は「ふだんのことば」で話してくる。
 一番、困ったのはレンジャーのおじさん。
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 誰よりも朝早く来て、夜遅くまで密猟者を見張る、それはそれは地元でもとても有名なおじさんで、一生懸命にぼくたちを案内してくださった。

 「沼の中まで案内してあげるよ」、と船に乗せてくれて、小さな体を一杯に使って竿を押しては、船を進めてくれた。

 ところがだ。おじさんは「ふだんのことば」である方言で、しかもとても早口で話すから、何をいっているのか? まったくわからない。
 
 それは「학교」が「핵교 」になるなんていう、初歩的なものではない。名詞も動詞も形容詞も助詞も、みんな、韓国語に聞こえない。知っている単語がほとんどないくらいに難解だった。
 それでも、おじさんは、一生懸命に話す。
 日本の記者さんに伝えたい想いを、このまま無碍にはできない。要点だけでも伝えないと悪い。

 たまらず、「今、何ておっしゃったのかなぁ?」と、
 同行してくださったチョン博士に、小さな声で、もちろん日本語でたずねてみた。
 博士は豊岡市の「コウノトリの郷公園」に留学経験があり、日本語が達者だ。
 すると、
 「何をいっているのか、わたしも、ぜんぜんわからない」と、
 日本語で返しきた。

 おおっ! 韓国で生まれ育ったネイティブの人がわからないのに、日本生まれの在日がわかるはずもない。ほっと胸をなでおろしたものの、今までにも増して、レンジャーのおじさんのことばを伝えてあげたい気持ちになってしまった。

 そんなやり取りを見ていた校長先生が、共通語で補足してくださったので何とか、要点だけでも記者さんに伝えることができた。

 あ゛~それにしても、慶尚南道の方言はエグかった。
 10月のラムサールでは、全羅南道の順天(スンチョン)湿地で通訳をしなくてはいけないらしい。

 絶対、勤まらへんでぇ・・・
 たのむわ、共通語で話してやぁ!
 方言の良さがなくならない程度に ^^;
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# by kimfang | 2008-09-02 15:41 | 取材ノート
08/8/18 韓国にトキがやってくる ②
  ウポるたーじゅ② トキ復元の夢

 ぼくたちは沼をあとにして、いよいよトキが収容される施設へと向かった。
沼から少し登った小高いところにその施設はあった。建物も基本的にはできている。あとは内装というところ。
  施設のそばには、ボランティアたちの力ですでにえさ場もできていた。
  工事は着実に進んでいるようだった。建設中の「トキ復元センター」のそばに環境学習の拠点である、「トキの学校」があった。
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 そこには「時の人」ふたりが先に着いていて、ぼくたちの到着を待っていた。
 そう。そのふたりこそは、中国からのトキの譲渡を求める7万名の署名を集めた大学生チョン・ジュンソク君と高校生チャ・ヒョヌク君だった。

 その話に入る前に、韓国人のトキへの想いを語らなくてはいけないだろう。
 韓国の中老年世代なら、誰もが歌える童謡のひとつに『따오기』(トキ)がある。

  見えそうで 見えそうで 見えない
  タオ タオ タオ 鳴き声 物悲しい声
  死ねば いくところ どこに埋まるの
  お母さんが いかれた国 日が昇る国

  国を奪われた悲しみを「お母さんがいかれた国」(二番はお父さんがいかれた国)と表現したこの歌は「半月」、「故郷の春」などと共に韓国を代表する愛唱歌だ。
  この歌は児童文学作家、ハン・ジョンドン(韓晶東 1894-1976)が、32歳だった1925年に東亜日報の新春文芸に当選した代表作だ。
 この詩に、「半月」を作ったユン・クギョンが曲をつけた。

  トキはそのむかし、ロシアのウスリー地区や中国の東北部に棲みながら寒さを避けるためにやってきていた。
  天然記念物にも指定されたが、1979年に確認されたのを最後に、歌でしか会うことができない「幻の鳥」となってしまったのだ。

  話を元にもどそう。
  昨年11月、環境問題を多く扱うテレビ局-マサンmbcは「トキ復元の夢」というドキメンタリー番組を放送した。
番組のオープニング映像
  それを観ていたチョン君とチャ君のふたりは、日本の佐渡島の子どもたちが「トキをください」と署名運動する映像を観て強く心を動かされたという。
 「日本のように大金を準備することはできないけれど、ぼくたちは誠意を伝えたかった」
 ふたりは「ナリン」というインターネット子ども新聞の記者という立場をフル活用し、今年の2月から署名運動を展開。多くの友人に支えられながら、最終的に7万名(ネットで2万)の署名を集めた。
  その誠意は中国の高官に伝わり、ついには、5月のイ・ミョンバク大統領の訪中時に、中国は韓国へのトキ寄贈を約束したのだった。
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 彼らの話に聞き入っていたら、さらにドラマチックな話が出て驚いた。
 「実は、中国のトキに会いにいったその日、四川大地震に巻き込まれて」というではないか。
 彼らはその時の写真を見せながら話を続けた。
 ふたりは中国の研究資料をもらい、実際にトキと対面すべく、トキがいる中国陝西(せんせい)省、洋県を訪ねることになった。
 空港から車に乗り込み、ようやく到着。その直後、四川大地震が発生。「保護センター」のある陝西省も多きな被害がでた。
 もう、トキとの面会どころではなくない。中国当局の配慮で夜通し車で走って命からがら脱出。無事に韓国へ戻ってきたというのだ。
 まるでドラマを見ているような活躍で、ふたりは今や「時の人」だ。

 歌でしか知らない幻の鳥-トキ。
 そのトキを復活させようと長く地道に活動してきた地元の環境NGO。
 彼らの活動を応援しようと制作されたテレビのドキュメンタリー番組。
 その番組の中で佐渡島の子どもたちが署名運動をする姿に心を動かされた学生。
 劇的な署名活動を展開して、ついにトキを譲り受けることに。

 多くの人たちの熱い想いの、そのど真ん中にトキがいる。

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 「トキの学校」では、多くの資料が展示してあった。その中にぼくの『황새(コウノトリ)』も置いてもらいたくて、出版社に送ってくれるよう頼んだところ、快諾。
 イ・インシク校長に本の執筆を頼んでいるところだという。
 
 ならば、ちゃんと展示されるだろう。確かめにいかなくっちゃ。
 
 また、ひとつ、「トキの学校」を訪れるたのしみが増えた。

 
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# by kimfang | 2008-08-31 10:21 | 取材ノート
08/8/18 韓国にトキがやってくる!
  ウポるたーじゅ ①  どうして牛の浦?

 8月25日。北京オリンピックを無事?終えた胡錦濤主席が訪韓した。
 でも、韓中友好のシンボルとなるであろう따오기(トキ)はまだ来ていない。
 5月のイ・ミョンバク大統領の訪中時に、突然に決まったことだから韓国側の受け入れ態勢が整っていないのがその理由だという。
 どうやらトキの到着は、10月25日からのラムサール会議直前になりそうだ。トキがやってくる慶尚南道 昌寧(창녕 チャンニョン)郡の牛浦(우포 ウポ)沼とはいったいどのような湿地なのか? 8月18日、実際に現地に行って、見て聞いたことをウポ、いやっ、ルポする。

*       *       *       *       *       *       *     

 昌寧郡は慶尚南道でも北に位置する郡。大邱市の真下に位置し、西には洛東江が流れる。その洛東江や支流が頻繁に氾濫し、水が流れたり溜まったりしてできた湿原がまさに牛浦沼。韓国最大の自然湿地だ。
 ぼくと新聞記者のM氏は、韓国教員大学の鳥類博士、チョン・ソクカンさんの運転する車で、宿泊地の釜谷温泉から昌寧郡へと向かった。
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 車を走らせること一時間半。いよいよ牛浦に着いた! 
 そんな気分にさせてくれる大きな看板。
 でも、あれれっ? カタカナの「ウ」が「う」になっている。
 ま、でも、日本語を看板に入れてくれた「想い(後日触れたい)」は重く受け取った。(直した方がいいと、ちゃんと進言しました)

 駐車場で出迎えてくださったのは地元の環境NGOの代表で、「따오기 학교」(トキの学校)の「校長」であるイ・インシク先生(写真)とエコセンターの学芸員、チャン・ジドクさん。ふたりの案内で牛浦沼を回った。f0004331_14452554.jpg
 駐車場から沼への道のりはあっけないほどすぐだった。たったの470m。
 尾瀬や上高地のようにある程度歩いて行かないと思っていたので、少々拍子抜けした。
 こんなに交通の便がいいところに貴重な自然がそのまま残っていることがうれしくもあり、逆にトキやラムサールで知名度が上がることによって観光客がどっと訪れて壊れてしまわないかと心配にもなった。
 沼へと向かう短い坂道を降りながら、ぼくは一番気になっていた「どうして牛の浦と呼ばれるようになったのか?」という質問をいきなり校長先生にぶつけてみた。
 校長先生はその理由は沼に着けばすぐにわかると微笑んだ。しばらくして先生が沼の向こう側を指差した。緩やかな曲線の山が見える。
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 「どうです? 牛が足を折ってしゃがんで、水を飲んでいるように見えませんか? それで牛浦という地名がつきました」(みなさん、わかりますか?)
 事実、このあたりは한우(韓牛)の一大名産地。昼食はこれも名産の추어탕(ドジョウ汁)だったが、夕食は、焼肉の聖地で韓牛を思う存分堪能した。
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 沼を一回りする途中、多くの子どもたちと出会った。
 「慶尚南道には628の小中高校がありますが、毎日2校ずつ、環境NGOと先生が力を合わせて環境学習をするようにしています。私たちの提案を、道の教育委員会が採用してくれたんですよ」と校長先生は胸を張った。
 ぼくも子どもになった気分で校長先生と学芸員の説明に聞き入った。
 そうして初めて知ったことがある。
 ガン(鳥 기러기)が好んで食べるヒシ(植物 마름)のことだ。日本では天然記念物に指定されているヒシクイ(韓国名 큰기러기)やオオヒシクイ(韓国名 큰부리큰기러기 )。
 その名の「ヒシクイ」というのは、ヒシの実を食べる「ヒシ食い」からついた名前だと気づいたのである。 (左 ヒシのアップ、 右 ヒシの実、 下 ヒシの群落)
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 校長先生はわざわざヒシを採取し、その実も見られるように事前に準備してくださっていた。
 「貧しかった頃は法事に栗を供えることができませんでした。代わりに栗の味に似たこの実を煮たものを供えたのです。だからこの実を물밤(ムルパム ムルは水でパムは栗)と呼びます」
 
 この日、ぼくたちは물밤を食べることはできんなかったが、いつか、ヒシクイになった気分で食べてみたいと思った。
 
 ウボ紹介サイト
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# by kimfang | 2008-08-28 14:43 | 取材ノート
08/7/31 出演テレビのアンコール放送のお知らせ
 4月に出演したテレビ番組のアンコール放送が決まりました。見逃してしまった方、この機会にどうぞご覧ください。

 8月11日(月) 午後3:00~3:44 NHKBS2
「三枝一座がやってきた! 小浜で落語を作りまショウ」


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 今年は、1408年に日本で初めてゾウが渡来してちょうど600年目の記念の年。
 日本に初めてやってきたゾウは、3年後の1411年、朝鮮へ贈られます。
 日本初のゾウと韓国初のゾウは同じゾウだった!
 そんなお話も含めて、日本初のゾウが渡来した福井県・小浜を紹介するという番組です。
テレビで紹介されたこともあって、『サクラ -日本から韓国へ渡ったゾウたちの物語―』(学研)はたいへん好評です。
学研の絵本・児童書の読み物分野で、堂々の第2位! 売れ筋順ボタンをクリック)
 第1位の『チームふたり』は今夏の課題図書だから仕方ない。
 それにしても大健闘です。
 ありがたいです。
 
 
 テレビのアンコール放送で、日本から韓国に渡ったゾウのことが、より多くの人に伝わるといいなぁ。
 
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# by kimfang | 2008-07-31 13:40 | トピックス
2008/7/17 コウノトリが選定図書に選ばれました!
 昨年4月に韓国で出した『황새』(コウノトリ・ウリ教育社)が、国立オリニ青少年図書館主催の読書感想文コンクールの選定図書になりました。※オリニ=子ども 「第2回 全国オリニ青少年読書新聞・感想文コンクール」には、1 性、愛、友達の部門(30作)と、2 地球と環境の部門(25作)があります。 2 地球と環境の部門の小学生向け9作のうちのひとつに選ばれました。
 この本は、ぼくが韓国で出した初めての本。しかも『サクラ』のように日本で出した本の翻訳本ではなく、韓国の出版社が企画した本でした。
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 思えばこんなに苦労した本もありません。
 2000年11月に初めて豊岡にコウノトリの取材に行き、原稿は2004年末に書き上げていました。依頼を受けてからは何日も徹夜をして、わずか4か月で書き上げたのは、何とか2005年9月の放鳥式典までに間に合わせたかったからです。
 一度絶滅したコウノトリを40年かけて増やして、自然に帰す豊岡の挑戦を韓国に伝えたい。本を読んだ子どもたちが、放鳥を伝えるニュースを見たときに、それを身近に感じられるように頑張ったつもりでした。
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 ところが、2005年2月の「竹島の日」制定で日韓関係が悪化。8月の小泉首相の靖国神社参拝で泥沼化。日韓の交流事業は軒並み中止となりました。 放鳥式典には韓国からも市民が大勢参加する予定でしたが、コウノトリを研究する大学教授ひとりだけが参加するという悲しいものでした。(その通訳をぼくが務めた。)
 案の定、『황새』(コウノトリ)は、「日本と仲良くなんかできない」という批判を恐れて何度も出版が延期されたのでした。

 日韓関係改善の兆しが見えた2007年4月、ようやく出版に至りました。最初の取材から実に7年もかかったことになります。
 出版後には、韓国刊行物倫理委員会から「今月の本」、韓国文化体育観光部から「2007年の推薦図書」という高い評価をいただいたのに、正直、売上的にはパッとしませんでした。
 本には、ぼくがどうして生きものとの「共生」を書く児童文学作家になったのか。「在日」として生きてきた自らの半生も描きました。けれどもやはり、日本の先進的な取り組みを紹介するのはタブーだったのか…? と落ち込んでいました。

 なのに急に、売上が飛躍的に伸びはじめています。どうしてか?その理由をいくつか考えてみました。
 ひとつは豊岡の挑戦を多くの韓国人が知るようになり、豊岡を訪れる韓国の人が増えたことです。(ちょっとはぼくの本が寄与したか?)
2008.6.12 読売新聞の記事  
2008.4.21 読売新聞の記事

 さらには、今年の10月末に、韓国で初めての国際環境会議となる、「第10回 ラムサール条約締約国会議」が、慶尚南道 昌寧群 牛浦(우포 ウポ)沼で開催されることで関心が高まったこと。(新聞社の通訳としてぼくも参加します。)
 実は、8月末の胡錦濤主席の韓国訪問時に、韓中友好のシンボルとして朱鷺(따오기)の寄贈が決まりました。牛浦に飼育施設を設けて育て、野生復帰を目指すといいます。
そのようなことから、コウノトリを自然に帰した日本の経験を伝えたぼくの本が注目を浴びることになったと考えています。

 もちろん、今回の選定が大きかったのはいうまでもありません。
 日本の翻訳本で選ばれたものには、2 地球と環境の部門に 画像左・『水俣の赤い海』(原田正純)、1 性、愛、友達の部門に 画像中・『非・バランス』(魚住直子)、 画像右・『日本語題名不詳』(灰谷健次郎)、『からす たろう』(八島太郎)などがありました。
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 なのに…またまた悪夢の再来か。「独島・竹島問題」が再燃しています。
 ようやく韓国の人たちに注目されだした『コウノトリ』は、またもや「鳴かず飛ばず」となるのだろうか?
 日本のことを描いた本を韓国の子どもたちが「純粋な気持」で選んでくれるのだろうか?

 選定図書に選ばたものの、影響はかなりあると思います。

  けれども、「環境問題」という日韓共通の「宿題」は、それを乗り越えて共にやっていかなくてはいけない! 
  そんな感想文が現れてくれると信じています。


  ちょうど一年前の7月、国立オリニ青少年図書館でコウノトリの講演をしました。この本には「組立コウノトリ」がついています。参加者と一緒に作りました。
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# by kimfang | 2008-07-23 15:25 | トピックス
2008/7 ペンギン本 脱稿しました。
 韓国で出す「ペンギンの本」を書くのに忙しくて、なかなか更新できませんでした。すみません。無事、脱稿し、画家さんも決まりましたので、報告します。
 ぼくが韓国でペンギンの本を出そうと思ったのには理由がありました。南極の生態系を支えているクリル(クジラが食べるプランクトン-オキアミの総称)を、世界でもっとも多く捕っているのが、故国・韓国だと知ったからです。韓国では年間4万トンを捕獲。2004,2005年には捕獲量で世界一になりました。
 ペンギンば小魚しか食べないと思っていませんか? 18種類のペンギンたちには、好む食べ物に違いがあります。中でもアゴヒゲペンギン、ジェンツーペンギン、アデリーペンギン、マカロニペンギン、イワトビペンギンたちはクリルを好んで食べるペンギンたちです。
 また、コウテイペンギンやキングペンギンなど大型のペンギンは、イカやタコといった頭足類を好みます。そのイカは、クリルを食べているのです。
 つまり、南極のペンギンたちが生きていくためには豊富なクリルが必要なのです。
 なのに、韓国では南極の海から捕って帰ったクリルを食料や魚のエサにするのならまだしも、90%を釣りのエサに使用するのです。これを何とか止めさせたい。
 ペンギンについて存分に知らせて、南極のペンギンを窮地に追い込んでいるクリル漁を少しでも減らしたいというのが執筆の目的でした。
 さて、今回の「ペンギン本」の絵を担当するのが、チェ・ヒョンジョンさん。
 彼女は日本の京都精華大学で留学した売れっ子漫画家。
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       「コンコンイ」という有名なキャラクター
  
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                                         製薬会社の宣伝ポスター
 きっと愛らしいペンギンのイラストを描いてくれることでしょう。
 チェ・ヒョンジョンさん紹介記事・京都新聞
 チェ・ヒョンジョンさんのホームページ
 「ペンギン本(タイトルまだ未定)」は、『サクラ』の韓国版を出してもらったチャンピ社から来年4月に発売される予定です。
  これからは、ちょくちょくまめに報告しま~す。
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# by kimfang | 2008-07-05 13:38 | トピックス